体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

宮城-大阪-全国研究局会議in新宿

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,日曜日の午後に行われた,宮城支部研究局と大阪支部研究局,そして全国研究局の合同での会議について書きます。

では,どうぞ。

 

全国常任委員会が終わったのが,昼の12時40分ぐらい。

そこから,次の会議のために,スーパーでお弁当を買った話を昨日書きました。

そして,部屋に戻って食べる。

それから会議。

 

そのために,宮城から制野さんが,大阪から安武さんが来られた。

それに,大阪支部で全国常任の牧野さん,そして全国から丸山さんと石田が参加。

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会議の目的は,宮城支部の総括を一緒に行い,大阪に引き継げるものを引き継いでもらうというものだ。

会議は全国研究局が主催したわけではない。

もし,そうだとすると,毎年公式に行う必要が出てきて,お金の問題などが出てくるからだ。

 

最初に,制野さんから,みやぎ大会の総括がなされた。

とにかくこの大会はテーマ性,メッセージ性が強く,参加者に大きなインパクトを残した大会となったことは間違いない。

研究局のまとめについては,みやぎ大会最終日 を参照してほしい。

制野さんからは,テーマ設定のこととしては,「子どもの生活まるごと」へのこだわり,「意味のある授業」について語られた。

 

また,提案集原稿の依頼,刈りとり,修正要求などやりとりについても語られた。

とりわけ,現地のこだわりである「子ども」や「子どもの生活」が見えないものは,書き直しの要求も出されたようだった。

書き直しをいわれた人も大変だっただろうが,現地研究局も大変だったろう。やりきったことはすごいことだ。

 

ただ,子どもの様子もだけど,とりわけ教材別分科会では,子どもを敢えて抽象的な存在にしておいてでも,自分が行った技術・戦術指導とその是非を検討することも必要なのかもしれない。

子どもを教材にするなと叱られそうだが,系統性研究とグループ学習の研究を行うという看板があるのだから,両者をごちゃ混ぜにして,成果が見えにくくなるのは困る。

 

そして,このことに関わっていえば,体育同志会の全国大会は,最近,発達別の分科会(とりわけ中学校)が充実していることもあり,例えば,バスケットボールは,バスケ分科会,小学校高学年,中学校,グループ学習の各分科会で実践が報告される。

ところが,それらの議論は,まさにセパレートコースを走っており,絡むことがない。

 

別に同志会の正統的な指導方法とそうでない指導方法,中心と周辺に区分するというわけではない。

問題は,それぞれがいろいろな思いを込めて行っている指導の内容や方法が交流されて検討されていないところにある。

あるいは,新たな成果が共有されずにいることにある。

これは,全国研究局マターなのだ。

どうしよう?

 

その一つの解決方法は,分科会のコラボレーションを意図的にやることだ。

そのためにも,全国研究局と,現地研究局と,分科会世話人が連絡を取り合って,提案集の目次ができるとき,あるいは大会要項が確定するときには,コラボの有無(会場のセッティング)を決めていく必要があるのだろう。

 

制野さんの総括文書は,うまくできていた。

方針と総括がわかりやすくなっていることもある。

それ以上に,一昨年(2012年)の冬大会で,神谷くんが示して見せたように,制野さんが行事を作っていく思考の順序がわかるものとなっていたからだ。

それは,現地実行委員会の「意思」の確認を繰り返し,それくどいほど繰り返し議論を重ねてテーマへ落とし込む(『運動文化研究』30号を参照のこと)。

そのうえで,そのテーマを具体化するための実行可能な(不可能な)方法的視点と内容が出され,検討されるということだ。

我々が学ぶべきところは,まさにこの制野さんの「思考の方法」,そして神谷くんが書いた「行事を系統的に創る方法」なのだろう。

 

で,大阪・みのお大会である。

大阪は,教員にとっても(子どもにとっても)劣悪な教育環境にあるにもかかわらず,組織が原則的になされている。

その組織論こそ発信すべき内容であるが,大会のテーマとの関わりでは難しいのかもしれない。

 

とはいえ,みのお大会の場合,単なる体育同志会の全国大会開催というだけではなく,60周年記念大会となる。

そのため,大阪支部ではそのことに自覚的になっている。

僕はそのことにとても共感を持った。

つまり,推進講座では,体育同志会の特質論,基礎技術論,系統性研究などの意味や内容を学び直し,今日に再生させようとする。

そのための基礎理論を学んでいる。

12月6日は僕が担当する。

少し手をつけた。

 

そして,60周年だから,今後の中期的長期的な展望を,各分科会の基調提案に出させるという。

これはすごいですね。

大げさに言えば,自分の子どもの世代や孫の世代の研究を見通して,今を考えるのだ。

目先の利益を優先させて,原発再稼働を決めたどっかの政党にも見習ってもらいたいものだ。

 

先にも述べたが,研究の成果をムードで語らないように,先達は様々な工夫をしてきた。

指導の研究のみならず,実践構築の研究,成果報告の研究などが鋭く問われることになるだろう。

それから,体育同志会は,「何を教えるのか?」という問いを発してきた。

「体育は何を教える教科か?」「バスケットボールで何を教えるの?」など。

この問いは,形而上学的に繰り返されてきた。

しかし,不思議なことに,体育同志会では,教え込まない。

なぜなら,グループ学習がもう一つの研究の系となっているからだ。

これについても,改めて問うてみたいところだ。

 

楽しみな大会になりそうだ。

60周年で,様々な意味を問い直すことが可能になる大会になればよいと思う。

なお,制野さんが,例によって魅力的な話をしてくれました。

これについては,かいつまんでまた報告します。

 

 

 

 

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