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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

愛知で話したこと2 ヴィゴツキーを援用して

こんにちは。石田智巳です。

 

今日もまた,9月11日に愛知支部で話をした内容についてです。

難解な話だったようですが,実は話を聞くことが大切なのではなく,話を聞いたあとにそれをみんなで「こういうことか」「こう実践に取り入れたらいいのではないか」と話をして内化することが大切になります。

というか,それがヴィゴツキーの理論だから。

では,どうぞ。

 

続きの話だけど,僕の問題意識をもう一度書いておきたい。

体育同志会は,「異質協同の学び」ということで,グループ学習の研究をしてきた。

技術と集団(系統指導とグループ学習)の統一が課題となったのが,1957年頃だからほぼ60年やっていることになる。

 

当初は,資料を利用して子どもたちが計画立案し,実施総括を行うサイクルを作っていった。

1960年頃の記録を見ると,技能の高まり意外にも,ソシオメトリーだとか,ゲス・フーテストだとかによって人間関係の高まりなんかも見ようとしていた。

しかし,伊藤高広さんは,当時を「きわめて訓育色の強い学習」(引用はあいまい)と表現している。

それは,教えるべき技術的内容がないから。

 

それから,技術指導の研究(僕らは系統性研究という)が始まる。

すると,「系統性の一人歩き」だとか,「グループ学習の一人歩き」が起こる。

これについては,『戦後体育実践論』(体育科教育学を志す人は必携)の3巻だったかに海野さんがわかりやすく書いているので参照してください。

 

できあがった系統を子どもたちに当てはめる「系統の一人歩き」や,できあがったグループ学習のやり方を子どもたちに当てはめる「グループ学習の一人歩き」を乗り越えることが課題となる。

 

70年代には,「体育の理科」という大阪の枚方で行われた走り幅跳びの授業や,出原さんの短距離走の実践のように,「わかってできる」ことを目指すというよりも,身体運動の法則性を子どもたちが仮説実験的に追求していくという実践が行われる。

 

さらには,「学習活動の対象化」といって,子どもたちの学習活動そのものを子どもたちの学習の対象にするという言い方がなされた。

だから,うまくなることと,うまくなっていくプロセスそのものが学ばれることになる。

ここに,「訓育色の強い」実践から,「訓育色を弱めた」探求型の実践へ,「うまくなることとみんな」の統一が図られることになった。

80年代から90年代の到達点である。

その後もどんどん進化していくのだが,これを書いているとまたいいたいことが書けなくなるので,このぐらいにしておこう(しかし,今日ももう無理な気がしてきた)。

 

そうはいっても実践は,系統性をなぞるものや,グループ学習の形式にこだわる実践もある。

だから,この際,到達点とともに,「わかる」を目指す実践の課題を示しておこうと思ったのだ。

 

その一つの手がかりとなるのが,故阪田尚彦先生の遺言だ。

阪田さんは,「できる」「わかる」というけど,「できる,わかる」の質を問題にしなければならない,だとか,「わかる」そのことで見える世界が変わるということをいわれた。

 

阪田さんの問題意識を引き取れば,「できる,わかる」でいいの?「わかる」はどう深まっていくの?これらを意識的に問題にしなければならないのではないか。

体育同志会は,「わかる,できる,分かち伝える」という言い方をするが,「一つの技が「わかる,できる」ようになったあとに,何が残るのか」を問題にしないといけないのではないか。

でないと,故中村敏雄先生のように,「やめたら下手になるのになぜやるのか?」という問いに答えられなくなるのだ。

 

ただ,そんなこと今言われたって考えたことないよ。

といわれてしまいそうだし,話し終わったあとはそういう雰囲気だった。

 

でも,これを理解するためには,ヴィゴツキー理論の理解が必要になる。

大阪支部では,ヴィゴツキーを読む会が組織されているし,岡山でも読んでいる。

阪田さんもヴィゴツキーを下敷きにしている(マイネルも)。

ヴィゴツキーの理路がわからないと,話は食い違う。

体育同志会,あるいは支部のなかだけで流通する言葉,ジャーゴンとなってしまう。

 

もうダメかな。

だいたいブログは2000字を目安にしているが,今1700字。

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最初に話したのは,ヴィゴツキーの「心理間機能から心理内機能へ」という考え方。

間から内へと進むということだ。

ヴィゴツキーの心理学は,文化-歴史的理論といわれる。

単純にいえば,外にある知識や理論や新しい見方(文化)が,意図的な教授(親による働きかけも含む)から入ってきて,内側の心理的な機能が発展(歴史)していくと考えるのだ。

同志会的にいえば,文化遺産の教授-学習の過程を経て,人間の心理機能が変化していくということだ。

 

もともと生物を研究していたピアジェの心理学は,「発生」(発生的心理学)というが,ここには自然発生を考えるあまり社会(他者や教授)が考えられていないと批判される。

ピアジェのすぐれたところは,発達において遺伝と環境を二項対立にしないで,両者が絡まって発生していくとした点にある,と学生時代に読んだ記憶がある。

 

息子が小さいときに,お風呂に入れようとだっこして,手をお湯につけたら、息子は「ちょっと,あっちかな~」っていった(「ちょっと,熱いかな~」のこと)。

これは,そのときに気づいたのだが,いつも手をお湯につけて「ちょっと,あっちかな~」といっていたのは僕なのだ。

息子はそのまま手をつけるタイミングでオウム返しのように言ったのだが,これはまさに心理間から心理内(の手前)へと向かった例だろう。

外国人は,おそらく「ちょっと,あっちかな~」は理解できないだろう。

「あっち」=「熱い」という翻訳が必要になる。

 

子どもが名古屋弁をしゃべるのも,意識してしゃべるのではなく,親のしゃべる言葉をなぞっているのだ。

娘はバイリンガルで,家では方言のない言葉を使い,息子とか友だちとかとは奈良弁を使う。

無意識に外から学ばれているのだ。

 

この「文化-歴史理論」と「心理間機能から心理内機能へ」はだから,とても重要な概念で,さらに「発達の最近接領域」へと進みますが,今日は進みません。

 

 

 

 

 

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