体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

スポーツ科学研究所の第1回研究会-2020東京オリンピック・パラリンピックを考える

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,3月28日に,池袋の平成帝京大学にて行われましたスポーツ科学研究所の第1回研究会について書きたいと思います。

では,どうぞ。

 

スポーツ科学研究所は,新日本スポーツ連盟(新スポ連)の中にできた組織だ。

これまで,現代スポーツ研究会として,1981年から30数年間活動してきたが,今回,このような形で再出発となった。

これまでは,新スポ連という母体がなかったので,組織もこれまでとはやや違うようだ。

とはいえ,方向性は違わないし,体育同志会とも同じ方向性なので,僕もできるだけ積極的に参加したいと思っている。

 

さて,前日の27日には運営委員会があったのだが,僕は参加せず。

というか,会場までいったものの,ブログを書かなくてはいけないのと,走らないといけないことを思い出した。

そのため,会場までいって,顔を見せずに,近くのヴェローチェで記事を書く(理論は誰が作るのか はてなブックマーク - 理論は誰が作るのか )。

 

さて,研究会は28日の朝9時から行われた。

午後からは,場所を日本青年館に移してシンポジウムがあったため,11時20分までだった。

今回の研究会の概要は以下の通り。

テーマ:2020年東京オリンピックパラリンピック研究

報告者:宮内泰明(新日本スポーツ連盟東京都連盟事務局長)

    市井吉興(立命館大学産業社会学部准教授)

 

研究会の案内文は以下の通り。

「2020年夏季オリンピックパラリンピック大会の東京開催にあたって、今年2月末には大会組織委員会がIOCに対して大会基本計画を提出することになっています。この基本計画には、昨年12月のIOC総会で確認された「アジェンダ2020」に示された「持続可能なオリンピック」をはじめとする重要な改革指針が反映される見通しであり、2020東京の開催計画が、この新たな指針のモデルケースになることが期待されます。しかし、現時点においは、東京都は都民の声を一定程度反映し会場計画の見直しを余儀なくされる一方、地液状化対策、大規模施設建設、住民スポーツ環境、多額の財政、東北震災復興との関係等、問題が山積しています。「2020東京オリンピックパラリンピックを考える都民の会」(オリパラ都民の会)とともにスポーツ科学研究所の責任も重大です。」

 

まずは,新スポ連の東京都連盟の宮内さんだ。

宮内さんの内容は,誘致までの問題点の指摘と活動の様子,さらに開催が決まってからの活動の様子と課題についての報告であった。

僕は,夏のみやぎ大会で,谷口源太郎さんの話を聞いていたこともあって,宮内さんの報告を聞くことでさらに理解が深まった。

 

とりあえず,前段の話は石原さんの暴走だったことを指摘する。

2016年のオリンピック招致には何の理念もなく,ただやりたいという思いだけがあった。

計画にも無理があったし,オリンピズムを全く理解していないという指摘がなされていた。

結局,誘致費用は150億円かかったが,石原さんによって「痛くもかゆくもない。良い宣伝になった」と総括されたという。

 

そして,招致委員会のまとめとしては,「市民スポーツが醸成されていなかったことが,招致機運が盛り上がらなかった」ということだ。

これはひどいね。

都民というか大衆のスポーツ予算は削られていて,あるいは場所は奪われて,東京マラソンのようなイベントにはお金をかけるわけだからね。

 

かつての自民党のスポーツ立国戦略も大衆のスポーツというよりも,一流に金をかけて,そのおこぼれを大衆が享受するというものだった。

これは一つのトリクルダウン理論といってよい。

東京のスポーツ政策もまたトリクルダウンだ。

 

なお,その時には福岡も立候補しており,そのときは「アジアの玄関」を唄っていたのだ。

東京には,そういうコンセプトはまったくなかった。

 

そして,2011年に再び石原都知事が2020五輪の立候補を表明。

これは,震災復興がいわれていたが,石原さん途中で都政を放り出してやめてしまったんだよね。

その後の猪瀬さんも,スキャンダルでやめたし。

 

で,いろいろ問題があってその指摘をしても,経過は知らせてもらえず,都議会で訴えても,自民議員からは罵詈雑言の嵐だったようだ。

最後はなぜか,安倍さんが出てきて,例の「アンダーコントロール」というウソも飛び出して,9月に決まった。

 

決まったら,「異議あり」とする会ではなく,「2020オリンピック・パラリンピックを考える都民の会」として,「考える」に看板が変わった。

そうして,JOCにも東京都にも色々な要望や問題の指摘を行ってきた。

IOCは比較的,正面から指摘を受け止めてくれているようだが,東京都はどうもそうではないようだ。

こうやって,IOCと東京を単純に比較して,東京の対応のまずさを浮き彫りにするのもありだろう。

しかし,IOCだってどんな組織よ!っていわれるような組織だということは知っておく必要がある。。

 

それで,昨年の12月に「オリンピックアジェンダ2020」がIOC総会で採択された。

これは,持続可能なオリンピックにするために,他の都市での開催が可能になるとか,既存の施設を最大限に利用するなど,費用削減が図られるような決議だ。

 

このアジェンダは,東京大会で験されると思うので,「オリパラ都民の会」もそれに沿った形で進んでいるかどうかをチェックしながらの活動が,今後展開されることになるだろう。

 

続いて,同僚の市井さんからは,「レガシー創造」なる言葉が出て来た。

僕はこれは知らなかった。

レガシーって車があるけど,普通は,「遺産」のことだ。

IOCでは,「レガシーとは長期にわたる 、 特にポジティブな影響 」のことをいうそうだ。

 

つまり,アジェンダの中味とも関わるが,オリンピックという一大イベントが終わると,誰も利用しない大きな箱物が残って,維持のために市民が税金負担をするとかがないように,オリンピック後に市民生活にどんな良い影響が残るのかを,大会と併せて考えるわけだ。

 

じゃあ,誰がどう考えるのか?

どういう角度から考えるのか?

ここを問題とする。

 

現在,「『2020東京オリンピックパラリンピック競技大会レガシー』に関する提言(中間報告)」が2014年の7月に出されている。

 

そこには,「大会そのものではなく,大会をきっかけにして,スポーツを越えた様々な社会課題の解決を加速する効果に着目する」として,「企業に取ってみれば,大会以外の新しい事業機会が創出されることとなり,限られたパイの奪い合いではなく,パイそのものの拡大が期待される」とかかれている。

 

市井さんの報告は,もう少し続いたのだが,僕はこの時点で頭が回転し,またまた怪しさを感じてしまった。

つまり,レガシーというのは,その都市の住民生活にポジティヴな影響を与えるようにすることを考えるわけだが,日本の場合,そこに企業が前面に出てくる。

そして,グローバル企業が参入してきて,ゼロサムゲームで食い合うのではなく,「パイの創出→経済成長→都市やそこで暮らす人に及ぼす良い影響」という図式を描いている。

金儲けだよ。

 

でも,これはダメだよ。

だって,これって典型的なトリクルダウン理論だもの。

トリクルダウン理論は,昔,先富論といったようだが,どこかを繁栄させれば,その付近の人もおこぼれに預かれるという理論。

高度経済成長の頃は確かにそうだった。

それこそ,東京オリンピックの前には国土に穴を開ける=公共事業で,多くの人が潤った。

 

しかし,今,トリクルダウンは成功しない。

強欲な資本家たちは,自分たちの取り分を配分したがらないからね。

だから,二極化が起こり,余沢に預かれる層=受益者負担のできる層と,そうでない層に分かれてしまうのだ。

 

だから,市井さんの研究も,ピケティ(読んでないけど)のように,トリクルダウン理論はどれもこれもうまくいっていないということを示して,その計画ではダメだということをいわないといけない。

と,僕が言うことではないが。

 

少し書きすぎたので,これぐらいにします。

 

 

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