体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

「はぐくみ」(滋賀支部ニュース3月号)より1 澤さんの巻頭言

こんにちは。石田智巳です。

 

 さて,今日は滋賀支部の3月号「はぐくみ」が届いたので,これを読みたいと思います。

澤さんの巻頭言がとてもいいものでした。

では,どうぞ。

 

昨日は,広島支部ニュース3月号の主張を取り上げた。

僕が実践記録のことに興味があるので,うまいタイミングで引っかかってきた。

今日もまた滋賀支部のニュースに実践記録と関わって面白い記事があった。

でも,その前に巻頭言からいきたいと思う。

 

滋賀支部というのは,今の体育同志会の中ではすごく特殊な支部だ。

特殊というのは失礼だね。

何が言いたいのかというと,中学校の先生が多いのだ。

割合も多いが,とにかく数が多いのだ。

大阪は,中学校の先生もいたが,今はほぼ小学校の先生。

京都も同じ。

 

滋賀支部に中学校の先生が多いことは,関近ブロック集会のときにも語ってもらったことだが,いや,本当にいい話。

だから,ここでも少し紹介する。

 

滋賀支部はいろいろあって,2000年に3人になってしまう。

「どついたろか」サッカーのあの中学校の澤さんと,『たのしい体育・スポーツ』の連載「時代を拓く実践をたどる」でその話を書いてくれた漆山さんの2人の中学校の先生。

そして,小学校の北村さん。

 

それでどうしたかというと,「3人の力量を高めたら近くの教師が振り向いてくれる」ということで,実践記録を持って飛び回る。

地元滋賀では,採用試験のサポート,生活指導や学級づくりなど若い教師が困っているところにピンポイントに応える息吹の会(伊吹と引っかけているのかな?)をやってきた。

 

そして,実際に学校では,やんちゃな生徒たちが,なぜかあの先生たちの話は聞くし,授業を生き生きと受けている。

一般的な話だが,どうしても体育の先生は,生徒指導の中心になり,強面が期待される。

しかし,そうやってやって厳しい指導を期待される若い先生たちは,それでは通用しないことを知っている。

そこで,澤さんや漆山さんの指導を目にする。

 

そこでいうことがいいよね。

「不思議に思ってるやろ。俺やからできるんじゃない。勉強したら誰でもできるようになるんや。どうや勉強しにこんか」。

「こんなことを言われたら、行くしかありません」。

勉強したから,できるようになった。

勉強すれば,できるようになるかも。

 

漆山さんも京都支部40周年のときに,自分と体育同志会の話をしてくれたが,荒れた学校で澤さんに会ったという。

「体育教師が変われば学校が変わる。体育同志会に行って勉強してこい」と管理職に言われて,2人で体育同志会に参加した(のだったと思う)。

その前に,教育実習で集団で行うマット運動だったかをやってメチャメチャうまくいったということも云われていた。

その時は,その実践が体育同志会の実践とは知らなかったのかな。

こういうところは記憶が曖昧。

 

で,前にも紹介した上田さんという方は,澤さんの教え子。

澤つながりは多い。

桃李成蹊だ。

澤さんの巻頭言がとてもいいから,つまみ食い的になるが,紹介したい。

 

「同志会の実践の根本は、普遍です。できない子、困っている子を放っておかない、仲間を放っておく子を育てない。『みんなでわかって、みんなで上手くなっていく』」。

 

僕は,体育同志会は,正統的な左翼組織だと思う。

正統的というのは,勝手にいっているだけだが。

立命の経済学部に松尾匡先生という方がおられる。

おおっ,滋賀県だ。

その人が,『新しい左翼入門』(講談社新書)のなかで,次のようにいう。

 

「世の中に横に線を入れて,下に味方をする人を左翼という」(引用ではない)。

もう少しいえば,そうやって抑圧されている下のために,上との闘いを辞さない人。

闘うか闘わないかは,ちょっと置いておくが,「誰もが」「すべての子どもに」「ともに」というのは,結局「できない子、困っている子を放っておかない、仲間を放っておく子を育てない」ということなのだ。

 

ちなみに,松尾さんによれば,上に味方する人を右翼というわけではない(かなりかぶると思うが)。

右翼とは,世の中に縦に線を入れて,内と外にわけて,内向きな人を右翼というそうだ。

だから,右翼と左翼は非対称である。

 

戻ろう。

澤さんはいう。

「自分の良心を守り生きていくためにしなければならないこと。

『志を同じくする仲間とともに生きること』『勉強すること』『常に今自分はこれでよいのかと自問自答すること』この3つを心がけてこの1年も過ごしてきました。

どれだけしんどくても、この3つを手放したら、私は、教師でなくなるとさえ今思っています」。

 

「アホになるな、アホにさせられるな。

諦めたら負けや。

賢くなろう、みんなで賢くなろう。

そして強かに子どもや保護者の夢を、未来を守ってあげられる先生になろう。

そのために、なあみんな、同志会に来い。

どんなにしんどくても例会に来い。

みんなでスクラム組んでその手を離すな。

真理と本当の正義、本当の優しさは必ず俺たちのスクラムの中にあるはずだ。」

 

こういうことが書ける先生だからこそ,子どもだけではなく,教師たちも勉強しようと思うのだろう。

 

別の記事のことを書こうと思っていましたが,「滋賀支部というのは」から書き始めたら,そのまま巻頭言の話になりました。

 

 

 

 

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