ゼミの話-偶然が重なる話
こんにちは。石田智巳です。
今日は4回生ゼミの話です。
面白いこともあるなあと思ったので,ここに記しておこうと思います。
では,どうぞ。
ゼミは木曜日の5限にある。
今年は,3回生ゼミが持てなかったので(悪いことをして持たせてもらえなかったわけではありません),ゼミは4回生のみだ。
しかも,去年は月曜日にあったのに,今年は木曜日になって,部活をやっている学生たちが来なくなった。
あまつさえ,就活が後ろ倒しになってそれで焦る学生,教育実習の学生,採用試験を控えた学生などがいて,ゼミ活動そのものが活発にならない。
そんななかで,今日は二人の学生が報告をしてくれた。
報告はもちろん,卒論の構想だ。
前にも書いたかもしれないが,僕は学生自身の考えや,やりたいことを発表させるのではなくて(してはいけないわけではないが),自分がやりたい領域では何がやられているのか,そしてやられていないのか,つまり先行研究をあたることをさせている。
レポートと卒論の違いということなのだが,ここを丁寧にやらないと,レポートのような卒論が出てくることになる。
レポートのような卒論とは,要するに,「勉強してまとめました」というやつだ。
一人は,以前の報告で,スランプについて調べてきた。
だから,心理学的な研究になるが,研究方法がなかなかしっくりこないようだった。
いわゆる理系的な論文になるということだ。
そこで,前回,スポーツとナラティヴに関わる研究論文を探して,読んで報告するように告げた。
もちろん,自分がやりたいと思わなければそれでよいのだが。
そうしたら,3つの文献にあたり,要約してきた。
これも心理学的な研究になる。
一つは,「転機の経験をしたスポーツ選手の心理的成長プロセス」についてのナラティヴ的研究だ。
これは,スポーツ選手が自分の転機となった経験をどのように語り,意味づけているのかを探った研究である。
僕は直接読んでいないので,以下の論文も含めて,細かいことは書かない。
次は「ナラティヴ・アプローチの可能性」ということで,ある運動課題を与えて、それができるようになるときに,どのような語りが現れるのかである。
もうひとつも,最初の研究のように,「心理的成長プロセス」であったが,これは協議に対する思いを,大学生の選手とプロを目指す選手とにわけて訊いたものだ。
僕が彼女がやったらいいと思ったのは,スランプを脱した選手の語りからどんな構造を見出すのかである。
その意味では,3つのうちの最初の研究を下敷きに出来たらいいかなと思った。
あるいは,体育授業でできた子どもの語り,できない子どもの語りなどを分析してもいいかと思ったりするのだが,彼女は教職を目指していないので,それは別の人に勧めよう。
さて,もう一人の学生も,これが2回目の報告で,生活習慣とスポーツについて調べてきた。
彼女は,運動と睡眠と食事について調べてみたいという。
たぶん,そういった研究は様々にあるので,もう少し丁寧に先行研究をあたり,何がわかっていて,何がわかっていないのか(何がやられていて,何がやられていないのか)を明確にした上で進めてほしいところだ。
しかし,この話を聞いていて,まさに昨日の僕のブログの記事を思い出したのだった。
昨日は,ランニングではエネルギー補給がとても重要で,8キロ走では,しっかり食べたときと少ししか食べなかったときでは,1キロあたり10秒以上も違うことを身をもってわかったことを書いた。
さらに,僕は,「体調が悪いから記録が悪い」というナラティヴを採用していたのだった。
それが,実は勝手な思い込みでしかなかったことがわかった。
そして,今朝の電車の中で,内田樹さんの『街場の文体論』(ミシマ社,2012)を手に取っていたら,こんなことが書かれていた(これは,別のところでも読んだ内容)。
本を買うのにアマゾンを利用することもある。
そのときは,買うべき本がわかっている場合。
しかし,「本屋の場合は違います。本屋の中をぶらぶらしていると,『本と目が合う』ということがある。著者の名前も知らない,中身も知らない,書評も読んでいない。でも,『本と目が合う』ということがある。ふと手にとって,パラリとめくると,なんと,そこには自分が読みたいと思っていた当のことが書いてある。そういうことがしばしば起きる」(62-63頁)。
こういう経験は本当によくある。
このブログにもそんなことはいくつか書いている。
逆に,本に書かれていないのに,書いてあったと思い込んでいる場合もあるけど。
でも,今日の話もできすぎでしょ。
昨日は,走って発見したことを,「ナラティヴ」「運動とエネルギー」というキーワードでブログにしたためた。
今朝は,電車で内田さんの話を読みながらきて,ゼミではゼミ生が「ナラティヴ」「運動とエネルギー」について語ってくれた。
待っていたら,向こうから迎えに来てくれたような感じがする。
彼女らの研究がうまくいって,僕のつくっている人生の物語枠組みも変化するといいなあと思う。
というか,そういう研究になってくれると,お互いにハッピーだ。
なお,今年ある学会で,ナラティヴについて発表しようかと思っている。
体育・スポーツ関連の学会はエントリーが終わってしまっているので,別の学会になるが。
さすがにそのネタは,ここには書けませんね。
でも,いつか報告したいと思います。