「牡蠣フライの話」で授業をする。
こんにちは。石田智巳です。
今日は,4ゼミ(4回生ゼミ)の話をします。
研究の中味ではなく,授業で春先にやっていることの紹介です。
では,どうぞ。
例年のことではあるが,前期の4ゼミは,なかなかうまく進まない。
僕のゼミは教職志望者が多く,7月には採用試験が始まる。
そんなときに,「卒論を進めよう」といってもモチベーションが上がらないという気持ちはわからないでもない。
しかも,6月中はずっと教育実習に行っている学生もいる。
また,教員志望ではなく,就活を続けている学生にとっても,卒論は後回しになる。
忙しいのはわかる。
しかし,それを言い訳にせずに,時間の使い方を考えてほしいので,敢えて卒業研究の授業を進めようとしているのだ。
とはいえ,ギチギチにやっているわけではない。
というか,のんびりとやっている。
春先は就活の人も教採の人も,エントリーシートを書く必要が出てくる。
ある意味では,自分と向き合って,自分を表現しなくてはならない。
「私は子どもが好きで,明るくて元気なのが取り柄です」なんて文章を何枚も何枚も見せられると,見ている方は「またか?」となるだろう。
だから,そうではなくて,面接の人に聞いてほしいこと,そして,これを読んだ面接の人がもっと聞きたくなるような内容や書き方をしてほしいと思う。
「教育実習であったあることをきっかけとして,教師になりたいという思いを強くした」とかでもよい。
「あることって何?」となる(と思うけど)。
読んだ人や,聞いた人が,会話をしたくなることが大切。
もちろん,みんながみんなそれをやると,没個性となってしまう。
こういうのは難しいのだが,そこで4月のある授業では変化球勝負をさせる。
まず,村上春樹の『雑文集』にある「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」をパッチワークした資料を作成して学生に配る。
それをもとに,自分を表現する文章を作らせるのだ。
村上春樹の文章には,ある読者からの質問を受け取ってやりとりした話が載っている。
そこでは,就職試験を受けたという読者が,原稿用紙4枚以内で自分自身について説明しなさいという問題が出たこと。
それができなかったこと。
村上さんだったらどうしますか?という問いがあったこと。
それに対する村上春樹の答えが面白い。
原稿用紙4枚で自分自身を説明するのは不可能に近く,そもそも意味がないと思う。
でも,自分自身について書くのは不可能であっても,牡蠣フライについて書いてみれば,自動的に自分自身を表現することになる。
そして,最後には村上春樹の「牡蠣フライの話」が載っている。
さすが,春樹。
ということで,ゼミ生には「○○の話」(○の中は何でもよい)を書いてくるように告げた。
昨年は,4回生全員が書いてきた。
今年は,半分も書いてこなかった。
でも,めげない。
僕の言い方が悪かったのか,学生は村上春樹のマネをする。
レベルが全然違うが,聞いていて面白いものもある。
でも求めているものが違う。
こちらが求めているのは,あなたの特徴(粘り強い,フットワークが軽い,みんなをまとめることができる)を何かに絡めて書くということである。
読み終わると,「なるほどあなたがよくわかりました」となればいい。
好きな猫のことを書いて,猫がどれだけ好きかがわかったところで,それだけ。
そんな中,「なるほどなあ」と思った文章が一つあった。
それは,昨年のゼミ生で,女子バスケットボール部のキャプテンをしていた,コードネームアイちゃんの文章だ。
彼女は,ディズニーランド(シー)が好きなので,どれぐらい好きなのかを書いてきた。
部活があるので,年に1度しかいけないそうだ。
文の途中に,例えば,開園1時間前に並んで,開園とともに猛ダッシュ。
そして,「今までバスケをしてきた本当によかったなと思う瞬間である」。
最後には,「私は今日もまた,この一日のためにがんばる」で結ぶ。
ディズニーランド(シー)を語りながら,同時に自分自身がバスケでつらい練習に耐えてきていることを語っている。
「人混みの中でも,フットワーク練習の成果でうまくすり抜けられる」とか,「バスケによって得られた性格をディズニーランドでいかんなく発揮できた」エピソードなど,もっと書いてもよいと思うが。それは望みすぎか。
これをやったところで,何がどうなるわけではない。
でも,出てくる文章に期待して,また来年もやってみよう。
全員が書いてくることを祈るだけだ。