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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

中教審の答申を読む(新春記念講演会で話したこと)

研究会・集会 教育

こんにちは。石田智巳です。

 

先日のブログでは,大阪で行われました学校体育研究同志会の新春記念講演会について書き始めました。

それで,最初に話した教育改革が繰り返されることについて書き始めたら,話があっちこっちへ飛んでしまい,結局,最初の5分程度の話で終わってしまいました。

よくあることなのですが,反省です。

 

大阪の喜連瓜破(きれうりわり)にある会場で行われました。

喜連と瓜破が合わさってできた名前なんだけど,なかなか渋い。

 f:id:tomomiishida:20170114122301j:image

 

今日は,中教審答申を読んで,できるだけ書いてあることを紹介する形で,書いてみたいと思います。

では,どうぞ。

 

まず,第一部を読んでみた。

ここで注意が必要なのは,答申は誰に宛てて書いているかということだ。

スケジュール的には,2014年11月に文科大臣から中教審へ「諮問」,そして,昨年「答申」となった。

おそらく今年度中に学習指導要領が改訂される。

答申は,学習指導要領の下書きではなく,中教審が国に対して書いているものである。

だから,答申に込められた中教審の意図をよく読む必要がある。

 

といっても,少しややこしいのが,例えば,すでに教育実行再生会議の第七次提言,「これからの時代に求められる資質・能力と,それを培う教育,教師のあり方について」が2015年5月に出されている。

中教審文部科学大臣の諮問機関であるが,教育再生実行会議は安倍首相の私的諮問機関である。

だから,中教審として書いているものの土台には,あるいは中教審の議論の枠づけのように,教育再生実行会議の提言があると読むべきなのだろう。

 

それから,指導要領の改訂が出されたときに,どこまで中教審色が薄まるのか,あるいは文科色が強く出てくるのか,さらにいえば,教育再生実行会議色(もっといえば,安部色)がどういう形で出てくるのかをよく見ておく必要がある。

 

今回の改訂の方向性の中心の一つは,「資質・能力論」である。

これは,OECDのキー・コンピテンシーがずいぶん前に出ているが,それを元に先進諸国でも能力論が検討されたようだ。

日本でも2013年に国立教育政策研究所が,「21世紀型能力」という形で提出している。

それは,「思考力」を中心として,「基礎力」,「実践力」という形で示されていた。

あるいは,2007年の学校教育法の一部改正によって,学力が「基本的な知識,技能」「思考力・判断力・表現力」,「主体的に学習に取り組む態度」とまとめられるようになった。

 

今回の改訂でも,最後の「主体的に・・・」は「学びに向かう力・人間性」となって示されている。

そして,この3つの資質・能力を形成することが,各教科・科目・教科外を通してねらわれている。

さらに,「内容削減は行わない」で「主体的,対話的,深い学び」=アクティブ・ラーニングの視点が示されているのも改訂の中心の一つだ。

 

これは,教育再生会議の第七次提言や,中教審の答申を読むと,指導方法に口は出すけど,画一化されないように腐心しているのがわかる。

「地域の特色や新たな発想に基づく創意に富んだ教育活動を展開できるようにする観点から,指導方法を画一的,限定的に定めることとならないよう,地方公共団体や学校への示し方を工夫する」。

「特定の型どおりに指導するといった硬直性を生んだり,すでに積極的に取り組んでいる学校の足かせになったりするなどの弊害を生まないよう注意する」(第七次提案,5-6頁)。

 

学習過程のイメージにも,「多様な授業の展開」「課題発見・解決の学びのプロセスは例示であり,これに限定されるものではない。また,必ずしも順序性を示したものではなく,一方向の流れではない」(別添12-3,70頁)。

 

さらに特徴的なのは,地域や社会との連携,学校内での教員以外の人々も含めて,「チームとしての学校」という体制で,「カリキュラム・マネジメント」を行うことである。

これは,教科の特徴を前に出すのではなく,学校教育活動すべてを3つの資質・能力で考えるために,教科横断のみならず,総合学習,特別活動や部活動などが統一的に考えられるようになるということだ。

学校での研修も,「資質・能力論」やアクティブ・ラーニングの視点をベースに,教科横断的,外部の人も入って研究をすることが求められる。

 

「チームとしての学校」は,教員以外にも,事務職員,給食の調理員,スクール・ソーシャルワーカー,カウンセラー,地域のおじさんおばさん,退職教員,卒業生などを活用するということでもある。

地域・社会との連携でいえば,リクルート出身の藤原和博さんが校長時代に改革を行った杉並区立和田中学校の取り組みを彷彿とさせるものがあった。

「地域本部」とか,「寺子屋」,「夜スペ」などね。

 

また,昨年,道徳が教科化(特別の教科)された。

資質・能力の1つの「学びに向かう力・人間性」は,道徳的な徳目がならんでいる。

これは,安部色といっていいのだろうね。

これをどう形成するのかが問われるのだけど,結果として身についている状態が議論されると,「道徳教育こんにちは。押しつけ道徳さようなら」(『学生節』byクレージーキャッツ)となるかもしれない。

 

また,小学校の外国語活動が高学年から中学年におりて,高学年では教科としての外国語が入ってくることになる。

ICT,プログラミング教育やキャリア教育も入ってくる。

内容は削減せずではなく,やることはトータルで見れば増えているといえるね。

小学校の中学年以降増えた時間数(35時間)を,朝のモジュール(短時間学習)や休暇を使うことも提案されている。

多様な子どものニーズへの対応も求められ,その際に,道徳,総合などに加えて,所見を書くことも求められている。

 

七次提言には,国家戦略的な教育観「世界に伍する・・・」が出されており,教育立国日本的な発想で,特に優れた人材の発掘と育成,起業家精神の育成なんかも書かれ,強い個人の支援が書かれている。

その一方で,特別なニーズのある子どもへの対応,学国籍の子どもへの対応などにも目配せしている。

このあたりのバランスを取るのが難しいのだろう。

習熟度別学習のさらなる推進が書かれているが,これではアクティブ・ラーニングが二極格差を生む学習となる心配もある。

 

さて,最初に,中教審の答申は,学習指導要領の下書きではないと書いた。

第1部の10章には,指導要領を「実施するためには何が必要か」と題して,条件整備について書かれている。

中教審は,学校=ブラック企業という認識を持っているようだ。

実は,国に対する提言としては,ここが一番大切なところ。

野球場や野球道具がなく,野球を教える人がいないのに,野球の技術指導をやれっていうようなものだから。

 

ここが,財務省によって骨抜きにされる可能性があるが,そうなると条件整備を欠いたままで,盛りだくさんの内容をやることが求められる可能性が高いといえる。

 

そうならないように,祈るだけではダメで,声を上げていく必要があるのでしょうね。

 

 

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