体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

『たのしい体育・スポーツ』 1.2月合併号(№298) 堀江実践を読む2

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,昨日の続きで,『たのスポ』1.2月合併号の堀江実践を読みます。

昨日は,僕が知っている堀江さんの一面を紹介し,生徒の様子と剣道という単元について読んで,思ったことを書きました。

そして,よい点と課題について書くことにしていましたが,よい点の一部である,先行実践を丁寧に読み込んで,自分なりのやりたいことに到達している点を紹介しました。ようやく授業の内容に入ることができます。

では,どうぞ。

 

今日は,学習の中味についてである。

学習内容は,次の3つ。

(1)剣道(武道)に見られる独特な動きを,古武術的な身体操作によって紐解く。

(2)「一眼二足三胆四力」について。

(3)坂上実践・矢部実践をもとに,スキの構造を理解して,スキの構造学習の成果となる演舞につなげる流れを作る。

 

このうちの,(1)と(2)は僕もすぐにやってみたいと思える内容だった。

だから,すでに入稿済みのシラバスをチェック期間に変えておこう(かな?)。

ただ,よくわからないものもあった。

姿勢や動きを言葉にするのだから,どうしてもイメージしにくいものもある。

 

(1)について

まず,「礼とはなにか」,身体操作的にどういう意味があるのかを紐解いていく。

よく出てくる小笠原流礼法の小笠原は,山梨県南アルプス市にある地名に由来しているということ。

授業で山梨愛をはぐくんでいるね。

弓馬の家に子どもが生まれると,生活のすべてがトレーニングとなる。

だから,まさに行住坐臥すべてトレーニングなのだ。

 

「礼を会得して座るなら,攻撃に対して害を加えることができない」という。

これがわかりにくいかもしれないが,あとでわかる。

そして,武道の礼法を実践する。

礼法とは,座礼,立礼,礼三息,たつ,座る,跪座(きざ)の6つがあるそうだ。

 

跪座というのは,正座のようでも足の甲を地面につけずに,膝と足指のみをつけて座る座り方のこと。

これだと,攻撃を受けそうになっても飛び上がって抜刀して応戦できるという。

ただ,実際に跪座から飛び上がることができた生徒は若干名という。

 

「座礼は敵に屈しない」,とあるがこれもわかりにくい。

要するに,正座をして,背筋を伸ばしたまま股関節から体を曲げて礼をすると,その上に乗られても重くないそうだ。

これも実験によって確かめられる。

 

そして,「日本刀の操作に固執する右自然体」。

これもわかりにくい。

単なる右自然体ではなく,「日本刀の・・・」が入るから。

剣道は,基本,右手右足前で構える(チクサクコールではない)。

手は竹刀を持っているから,常に右手が上なのは問題ないが,足は常に右足が前に出て,左足がすり足でついてくるようにして動く。

これにどういう意味があるのかが実験によって解明される。

 

その方法は,右足前で立ったときと,左足前で立ったときで,ペアの人がバランスを崩そうと押してみるというもの。

多くの生徒が,左足が後ろの方が力に耐えられることを実感した。

ここまでは理解できたが,この後が難しい。

 

つまり,右自然体の構えとなった理由はわかるのだが,「しかし剣道界はいまだこれに固執しています。そのためここでは『刀法であってはならない剣道』として,右足で踏み込んだあと左足で大きく前進する現代剣道を紹介しました」がわかりにくい。

伝統的な剣道と,現代剣道との違いをyou tubeにアップしてほしいものだ。

「刀法であってはならない剣道」というのは,刀で切るのではなく,竹刀で打つことから来るのだろうが,「左足で大きく前進する」という身体の使い方がわからない。

 

次に,これは面白いと思ったのだが,「不安定なほど強い」である。

正座と跪座と蹲踞の人が,向かいあって手押し相撲をやるとどれが一番強いか。

蹲踞が一番強いという。

正座は接地面積が一番広いのだが,力を入れるポイントがないので弱いのはわかる。

しかし,蹲踞は慣れないとフラフラするのだが,一番強いという。

これはぜひ授業でやってみたい。

 

以前,教室で武道の話をしたときのことを書いた。

学生は全く剣道に触れることなく(授業の科目にない),大学を卒業していくことになる。

それはまずいと思ったこともあり,たまたま僕の教育法の授業に,剣道部の学生が二人いたので,彼らに剣道の「はじめ」までの動きをやってもらった。

蹲踞が出てくる。

 

柔道部の学生も二人いたので,やってもらったが,これは立礼だけだ。

蹲踞は相撲にも出てくる。

跪座は出てこない。

跪座よりも蹲踞の方が強いからなのか。

ここらへんはまったくわからない。

 

しかし,学生の頃,剣道の授業があったが,最初の時間は担当教官(以前は,教官だった)から道着や持ち物のチェックを受けた。

このとき,ずっと正座であった。

足が痺れてどうしようもない。

正座をさせるということは,一番弱い姿勢にする(体操座りの方が弱そうだけど)ことで,抵抗させないという意味もあるということが今になってわかる。

やはり,武道は城丸章夫さんがいうとおり,身体に作用させることで,「精神まるごと服従の精神を養う」ためにあったという名残があるのだろう。

 

中学校の学習指導要領の「解説」には,「なお, 伝統的な行動の仕方の指導については, 単に形の指導に終わるのではなく, 相手を尊重する気持ちを込めて行うことが大切であることに留意する。」(103頁)とあるが,それ以上の礼法や動きの意味などは書かれていない。

「気持ちを込めて行うことが大切であることに留意する」だって。

なるほど,やはり道徳や愛国心なんだね。

 

それでは,指導のしようがない。

「気持ちを込めて行え~」っていうのかな?

それよりも,形にされてきた意味がわかる方がよっぽど説得力があるし,気持ちもこもるような気がするね。

 

ということで,また終わりませんでした。

 

 

 

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