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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

卒論の締め切り間際にピンチが

研究のこと 授業でのこと

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,ゼミ生の卒論についての話を書きます。

いろいろあるものですね。

何とかうまくいったという話です。

では,どうぞ。

 

1月6日にゼミ生から連絡があった。

卒論は年明けの提出日(1月8日)までに必ず一度は見せるように言い渡してある。

それで1月6日の時点で連絡のないゼミ生もいるのだが,たいていが送ってきた。

内容についても,取り組みについても様々だ。

卒論の内容については,3回生ゼミのときにグループで研究した内容を深めてもいいし,もううんざりと思ったら別のことをしてもいい。

僕は押しつけはしないが,でも計画の段階で方向付けをする場合がある。

 

僕のゼミ生のなかで,彼女はその方向付けをした一人だ。

彼女は,スランプについてやりたいといってきた。

そのため,ひとまず卒業したゼミ生の書いた論文とそのゼミ生が参照した論文を参考にするようにいった。

そして,計画の段階で,スランプをどのように扱うのかはこれから考えるといっていた。

 

僕の卒論指導は,やりたいことを前面に出すのではなく,何がやられていて何がやられていないのかを探らせることに重点を置いている。

卒論生は,往々にして自分が言いたいことが先にあって,それを都合よく補完してくれるような文献を持ってきて,パッチワークして卒論を書いたと思うようだ。

でも,それはレポートでしかない。

だから,まずその領域で自分がしたいこともだが,どんな研究が,どのような方法で,なされているのかを調べさせる。

 

前期はそれだけでもよいとも思っている。

大人でやった研究を子どもでやってみるのでもいい。

女子でやった研究を男子でやってもよい。

その際に,仮説を立てることが重要になる。

ただ,卒論ではそんなに求めすぎてもいけない。

 

今の僕が伝えたいことは,研究方法があれば研究できるが,なければ研究はできないということであり,その方法を借りてくることだ。

方法を新しく作ってしまったら,学位(博士)がもらえるだろうが,そんなことは全くできると思っていない。

 

さて,その学生は,スランプをやりたいといってきたので,僕は間髪入れずに,「スランプを克服した語り」を調べるようにいった。

その方法は,おそらくスポーツ心理学の領域に,「スポーツ」,「ナラティヴ」と入れれば、なんかの論文がヒットすると思って,ややあてずっぽうにいったのだ。

そしたら,次の時に彼女は,まさにスポーツにおけるナラティヴ・アプローチの論文を要約して持ってきた。

 

そのため,次のような研究ができるのではないかという提案をした。

例えば、スランプを克服した選手がどのような語りを見せるのか,そこに共通点があるのではないか。

現役(といっても引退している人も含めて)アスリートと、高校でやめたアスリートとでは,スランプ克服の語りに違いが見られるのではないか,というような仮説である。

 

この仮説は仮説というにはやや乱暴なのだが,物語構造分析をやったときに,語りは、たいていの場合、一定の話型にはめ込むという経験がよく見られたからだ。

たとえば,前にも書いたが,僕の嫌いなヒーローインタビューは,「最後は気持ちで打ちました」,「みなさんの声援が打たせてくれました」ということを必ずいう。

村上龍さんがいうには,スポーツ選手の語りは,「きっかけ,苦労,秘訣」という困難の克服物語が定型であったということだ。

 

だから,どのような物語の話型を無意識に採用しているのかを調べようとした。

そして,1月6日に「卒論のことで相談したいのですが,先生は今日学校に来ますか?」というメールが入った。

それが,昼過ぎの13時15分のこと。

たまたま,人事関連の書類を受け取らなくてはならなかったので,この日は大学に行くことにしていた。

 

そして,15時半過ぎに大学の構内にある銀行のATMを出たところで,彼女が待っていた。

それは偶然だった。

そして,研究室で話を聞いた。

びっくり仰天。

 

なんと,データの入ったUSBが二つに折れたという。

現物も見せてくれた。

そのため,データがないという。

ここで叱っても仕方がないが,困ったものだ。

前にもそういう学生がいた。

 

ただ,彼女は単位が取れているので,卒論を提出しなくても,卒業はできる。

卒論ができないので,言い訳しているのかと思ったが,どうもそうではない。

彼女が研究室に来たのは,前に発表したときのデータ(プリントアウトしたもの)が残っていたら,それをワードに打ち直したいとのことだった。

11月末に,2回目の原稿を提出させたのだ。

 

果たして・・・残っていた。

A4で9頁分もある。

だから,ちっとも働かない頭を働かせて考えた。

まず,3階の共同研究室にあるPCにSCAN SNAPがあるので,それでこの紙ベースをPDFにする。

それから,研究室に戻って読取革命というソフトを使って,ワードに変換する。

 

ところが,PCを新しくしてそこに読取革命を入れていないし,そもそも,どうやってやるのかよくわからなくなってほったらかしにしていたのだった。

でも,そうもいっていられないので,とにかく,読取革命をインストールして,何度もチャレンジする。

PDFを画像のままワードに貼り付けることができるがそれでは全く意味がない。

 

そうこうしているうちに,ようやくOCRの処理をすることができた。

それをワードで9頁分作って,彼女の新しいUSBに入れさせた。

そして,メールで自分に送るように指示しておいた。

それで,16時半頃に彼女を帰した。

 

問題は,卒論の中身なのだが,果たして・・・。

 

それよりも、最大のスランプを乗り越えた彼女は、それをどう語るのか。

卒論の中味に加えて,自分の語りを自分で分析してもらいたいものだ。

 

これについては、またの機会に報告します。

 

 

 

 

 

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