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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

「体力向上に『外遊び』,全小学校導入へ」を読む

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,毎日新聞に載った記事を読んで書いてみたいと思います。

記事のタイトルは,「外遊び 体力向上 休み時間活用,全小学校導入へ」です。

これは,東京都の江戸川区の取り組みです。

では,どうぞ。

 

1月5日の夜に,メール配信で毎日新聞の記事が届いた。

記事が届くというか,「毎日新聞ニュース」がメールに届くのだ。

その見出しが,上のタイトルだった。

http://mainichi.jp/articles/20160105/dde/041/100/039000c

 

「鬼ごっこやゴム跳びなどの昔ながらの外遊びを全校で授業の合間に行い、体力改善を図る取り組みを、東京都江戸川区が来年度から全小学校71校で始める。試験的に導入した学校で、平均以下だった体力テストの成績が区内トップレベルに高まったため。区教育委員会によると、区市町村の全校で一斉に外遊びを導入するのは、全国的にも例がないという」。

 

これは西葛西小学校で試験的に始めた試みが,全区の取り組みに広がったというわけだ。

内容を見れば,「十字おに」,「ぐるぐるおに」,「Sけん」,「長縄」など22種類の遊びで,2時間目の終わりの休み時間に全員で外に出てやるという。

いわゆる業間体育であるが,体育というよりは,まさに「遊び」である。

 

ちなみに,名古屋では休み時間のことを「放課」(ホーカ)という。

2時間目が終わった休みは「大放課」(ダイホーカ),昼休みは「昼放課」(ヒルホーカ)という。

「放課後」(ホウカゴ)という言い方はどこでもするが,それは全部の課業が終わって解放された後という意味なので,使い方がやや違う。

 

さて,この取り組みは,体育的な運動やランニングではなく,遊びをやるところに意義があるのだろう。

別に体育的な運動でもいいのだが,そうなると選択肢が狭くなるため,やらされる感がでてくるような気もする。

 

この取り組みを始めて,体力テストが全国平均を上回り,区内でトップレベルになったという。

さらに,「体を動かすことが楽しい」,「多くの人数で体を動かすことが楽しい」という回答が増えたともいう。

 

さて,このブログでも先日取り上げたが,毎日1キロ走る学校や10分走る学校があった(『体育科教育』1月号を参照)。

1キロ走る学校は,自分のペースで,話をしながら,普段着で走るという。

10分走る学校もおそらく同じような取り組みなのだと思う。

つまり,強制ではなく,体力向上を直接のねらいにしているわけでもない。

それが,運動習慣を作り,体を動かすことが好きな子どもを増やしているという。

 

スポーツが「本来」楽しいものだとはいわないが,スポーツが楽しいと思える子どもを育てることは大切だ。

だからといって,いきなり「真面目な」スポーツを子どもたちに与えようとすると,やらされる体育・スポーツになってしまう危惧もある。

だから,フィットネスのような考え方で,自分のやりたい遊びや友だちとできる遊びをやってみるという試みはとてもいいと思う。

 

ただ,気になるのは以下の点である。

この試みは結果的に体力が上がったために,区教委で取り上げられて,全校で実施することになった。

区の取り組みに昇格した際に,「体力改善を図る取り組み」となっているのだ。

だから,「みんなが運動習慣をつけることで,結果的に体力が上がった」ものが,「体力をつけるために外遊びをさせる」というように,体力向上という目的のための外遊びという手段になってしまうような気がする。

 

体力テストの結果が詳細に分析されて,筋力が足りないだとか,柔軟性に欠けるだとかが洗い出され,それを強化するような活動が盛り込まれる。

そして,平均点競争をさせられて,処遇に反映させられる・・・。

という,「学力テスト」が通ってきた道になることはないのだろうが,何となく心配だ。

 

この取り組みを始めた校長先生は,そんな風に思って始めたわけではないと思うのだが。

あくまでも,結果として「運動が好きになって,体力も上がった」と思いたい。

 

かつて読んだことがあるが,同じように学校で外遊びを推奨した学校があった。

その学校では,一輪車やすもうなどを敢えてやることで,擦り傷などの小さな怪我が増えたけど,骨折などの大きな怪我が減ったという。

これが教えてくれるのは,遊びで「身のこなし方」を身につけているということだ。

 

つまり,運動することは,人間の動物的な本能というか,身体的な能力を目覚めさせ,活性化することの意味が大きいと思う。

体力向上や体力の平均点競争に勝つためではない。

それは数値で測れるかもしれないが,むしろ大きな事故が減る=数値が減る形で現れるものである。

だから,云々しにくいのだが,「からだ」を問題にするというのは「そういうこと」のような気がする。

ちょうど,『たのしい体育・スポーツ』1.2月合併号が「自分のからだと向き合う」となっている。

まだ読んでいないけど。

 

それと,この記事を読んで中央区のスポーツ関連の会長さんにも,なんかプレッシャーがかかるような気がしてきました。

 

話は変わるのですが,実は,前から書こうと思っていて書けていないのですが,この外遊びの取り組みでは,別の意味で興味があって,それを調べてみたいと思います。

とはいえ,僕にはそんな調査をやる時間はないので,どなたかにやってもらいたいと思います。

 

それについては,また今度書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

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