体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

重松清『スポーツを「読む」』(集英社新書,2004)を読む

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,東京の古本屋で買った重松清さんの本を読んで思ったことを書きます。

なかなか「あたり」でした。

では,どうぞ。

 

日曜日に早稲田大学に用事があって出かけていった。

時間があったので,高田馬場から歩くことにした。

夏だと汗をかいてしまうので歩かないが,時間があるし,町は歩いた方がその表情などがわかるのでよいと思ったのだ。

 

昔から大学があるところには古本屋がある。

それがなかなかいいのだが,うちの大学の周りにはない。

全く無い。

変なの。

 

ところが,日曜日は休みのお店が多い。

開いていたら,そして好きな人であれば,この店の得意分野などを知ることになるだろう。

たまたま開いていたお店の店先に並べてある本を見ていたら,この重松清さんの本が目に止まった。

「あれ?」,「なんで?」,この人がスポーツの本を書いているの?

全く知らなかった。

そこで100円で売られていたこの本を買うことにした。

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重松さんは,教育についても書くことがあるが,基本的には「いじめ」に関わる小説を「これでもか」と書く人だ。

この日に最終回だった(見ました)「下町ロケット」の主人公,佃社長役の阿部寛さんが演じた映画「青い鳥」は素晴らしい話だった。

僕は,タイトルにもなっている「青い鳥」もよかったけど,小説の最後の話がとても好きだ。

たぶん,「カッコウの卵」だった。

これでもか,これでもか,といじめに関わる話を書き続ける重松さんの本を,ブックオフで爆買いして,これでもか,これでもかと読んだ。

 

その重松さんが,スポーツの本を書いている。

正式には,スポーツについて書かれている文章を読んで書いている。

奥付は2004年11月だからもう10年以上前の本。

 

中味は,スポーツノンフィクションを書く人の文章を取り上げて,その文体や,そのひねくれ度や,暗さなどを,その人の生き様と関わらせて描き出す。

よくマンガなんかで,『巨人の星』やその時代のマンガ,そして,その後の『ドカベン』,『キャプテン』などの根性物語,青春物語,成長物語,それへのアンチテーゼとしての70年代後半のパロディマンガ(『進めパイレーツ』,『ストップひばりくん』など),そして,あだち充の『タッチ』など,時代との絡みで論評されるが,それに似ている。

 

でも,時代で区分するというよりも,その人の生き様の反映として文章を読みとる。

当然,スポーツノンフィクションといえば,山際淳司さんである。

本書でも,山際さんを最初に取り上げて,1980年の山際淳司,そして『Number』の登場が,「分水嶺」だったという。

なお,山際さんといえば,「江夏の21球」が有名だが,これを読んでえらく感動した僕は,山際スポーツノンフィクションを爆買いして読んだ。

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よく見ると,『江夏の21球』はない。

どこかに散逸してしまっているようだ。

いずれにしても,ひどく暑い夏に外に出ていたら,さっと風が吹いて暑さが和らいだというような本だ。 

 

ちなみに,「江夏の21球」には,近鉄の吹石選手が出てくるが,その選手の娘が吹石一恵さんだということは,知っている人は,知っているだろう。

僕は,教え子の教育実習訪問で,たまたま奈良の香芝というところにある小学校を訪問したら,その学校が吹石一恵さんの母校でもあった。

そういえば,その教え子も吹石さんに似ていたような気がする。

閑話休題

 

それで,この本には,僕が常々思っていたことがまともに書かれている。

それは,「まえがき」に書かれていることでもあるが,要するに,たとえば,プロ野球の報道というのは,事実を事実として伝えるのではなく,送り手の意図が思いっきり反映しているということだ。

僕も野球をよく見ていたときには,NHKニュースステーションプロ野球ニュース,その他を順番に見ていった。

ひいきチームが勝てば,同じような報道を何度も見る。

 

しかし,自分が実際に球場に出かけていって,試合の始まりから終わりまで全部見て,そしてニュースを見ると,すごく編集されているというか,「うそっ!」て思うことがときどきあった。

ニュース映像を見ると,点が入った場面が流れて,「最後は藤川球児が締めて,阪神が勝ちました」と結ぶ。

しかし,いやいや球児が出てくる前には,ひどいピンチがあったし,球児も調子悪かったし,ひやひやだった,なんてことがあるということだ。

どちらの立場にたつのかということもあるし,どういう物語を送ろうとしているのかということもあるだろう。

 

学生と高校駅伝の語りを分析したときに,非常に多くの物語を挿入しているのかがわかった。

「先日,おじいちゃんが亡くなったんですよ。だから,その悲しみをバネにして今都大路を走っているのです」とかね。

暗い物語を挿入して,頑張っている今(のまぶしさ)との落差を利用するのだ。

 

僕が今一番気に入らないのは,「ヒーローインタビュー」という奴だ。

質問になっていないし,雰囲気で,盛り上げようとしているのだ。

しかも,「気持ちで打った」ということ,「みなさんのおかげです」ということで押そうとする。

このあたりが日本人の心の琴線に触れて,ガッチリわしづかみなのだ。

それが見え見えだからとても嫌だ。

 

と思っていたのだが,村上龍さんがその定型を作品において,壊そうとしたという。

野茂さん,イチローさん,中田さんなども,マスコミの内容のない質問が嫌いだったともいう。

村上龍さんがいうのは,きっかけ,苦労,秘訣を結んで物語にするというやつ。

これも,ある意味で映画の冒険譚や成長物語と同じ話型である。

話型に現実を当てはめて説明してこと足れり,とするということだ。

 

なるほど,春樹さんではなく,龍さんのスポーツものを読んでみるかな。

ちなみに,村上春樹さんの「Sydney!」も登場していました。

 

それにしても,文章,文体と人柄や生き様をマッチさせることができて,納得させることができるのはさすがだ。

構造的にとらえることができるということだ。

以前,内田樹さんが,『映画の構造分析』なる本で,フロイト理論を使って映画「大脱走」を解説していたが,同じように構造分析を行っている。

 

まだ,最後まで読んでいないけど,村上龍さんのところまで読んで(半分ぐらい),記事にしておこうと思いました。

 

これは,今年のベスト10冊のうちの1冊に入ると思います。

あとの9冊はなんだかわからないんですが・・・。

 

 

 

 

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