体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

財布を拾って届けるといいことあるか?

こんにちは。石田智巳です。

 

財布を拾って届けました。

いいことをしたら,いいことが起こるなんてことを思ったりしたのですが,果たしてどうだったのでしょうか。

では,どうぞ。

 

火曜日の朝は,9時に出勤した。

この日は10時40分から会議。

それまでの時間にやるべきことが大量にある。

メールに返事を書いたり,学生の模擬授業用の指導案に朱を入れて送信したり,体育同志会の冬大会のこと,研究局会議の資料作りなどなど。

 

でも,まずはじめは,ポットにお水を入れて沸かすことだ。

ちょうど,トイレにも行きたくなったので,研究室のポットを持ってトイレに入る。

ポットを鏡の前に置いたところで気がついた。

手の乾燥機の上に,黒い物体が。

「財布だ!」

 

黒い長い財布だった。

とりあえず中のカードを見て名前を確かめる。

知っている名前だったら,その人に届ければよいと思ったからだ。

果たして,知らない名前だった。

でも,考えてみれば研究室がある人は,財布を持ってトイレに来ることはないだろう。

 

そこで,キャンパス・インフォメーションというところに届けることにした。

こういうとき,なんとなく「オレは悪いことしているわけではないぞ!」と自分に言い聞かせたくなる。

というか,周りの人に向かっていいたくなる。

 

届けたら,一応書類を書かないといけない。

職員さんと一緒に中味を確認したら,学生証が出て来たので学生さんのだった。

よかったね,届けてもらえて。

 

書類の下の方には,拾った人の名前を報せるか報せないかという欄があり,その下には拾得物の一部の権利を主張するとか,放棄するとか書く欄があるので,「報せない」「放棄する」のところに丸をつけた。

それでも,いろいろ頭の中に巡ってくるもので,僕が財布を拾う前に誰かが見つけて中味を抜いていることだって考えられる。

名前を知らさないというのが怪しいと思われたらどうしようとか思ってしまう。

小市民だよ,まったく。

 

帰りがけに,今日はいいことをしたから,いいことあるかもとつい思ってしまう。

実は,前期に,体育館で学生が盗難にあったことがあった。

かなり大胆な手口で,1時間でいろいろなロッカーが荒らされたようだ。

そのときに,僕の教え子の学生もやられた。

そしたら,その学生が,「先生,やっぱり日頃の行いが悪いからですかねぇ」としみじみという。

 

このナラティヴもよくある話で,うまくいったのは○○のおかげとか,それこそ日頃の行いがよいからとか,なんでもいいけど,単純化して因果をつけたがるのだ。

もっとも,本当に悪い人はそんなことちっとも思わないのだろうけど。

でも,理由なんかわからないことばっかりなのに,「理由をいいなさい」とかつい訊いてしまうよね。

僕が子どもに「なんでそんなことしたのかいいなさい」といいながら,「何でなんて言えるわけがない」と思ったりする。

もっともらしいことを言うしかないのだが,それが本当にそうなのかはわからない。

というか,「本当のこと」などないはず。

 

で,僕にいいことがあったのかどうかである。

あったんです。

 

金曜日に研究室を出る前に,マグカップがないことに気づいた。

これ。

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その日もコーヒーを飲んだので,洗っていないカップがあるはずなのだが,見当たらない。

流しも,トイレも探すがない。

まさか,昼に来た学生が持っていったわけではないだろうが。

その日は,とりあえず帰った。

 

昼に会議を終えて,部屋に戻って,コンビニ弁当を温めようとして,電子レンジを開けて弁当を入れたときに,違和感を覚えた。

それで,弁当を出してみたら,なんとカップが入っていた。

コーヒーが半分入っていたということは,一度冷めたコーヒーを温めようとして電子レンジに入れたものの,スタートボタンを押さずにそのままになっていたというわけだ。

 

でも,なくなったカップが僕の手元に帰ってきました。

そして,午後2時40分から予定されていた会議が議題がそろわなかったため(報告事項のみだったため)なくなったのです。

 

きっと財布を届けたからでしょう!?

 

 

 

 

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