体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

末吉小学校・菊池淨先生のお話7

こんにちは。石田智巳です。

 

11月5日に5を,6日に6を書いてから他の記事を載せたりしていたので,菊池先生のお話は飛び飛びになってしまいました。

6では遠泳の話を書いたのですが,八丈島で泳ぐということは,海で泳ぐということであり,それはオリンピックを目指す泳ぎとは全く違うということです。

そこから,僕の大学時代の遠泳について話を広げて書きました。

 

写真は犬のきゅう太くんを夜散歩に連れていったら,座り込んでしまったのでそれを撮りました。ちょっと暗いですが。

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今日は菊池先生の遠泳の話の続きです。

では,どうぞ。

 

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題 遠泳その2−声をかけあって潮の流れに乗りみんな泳ぎきる

遠泳の出発です。堀江先生の大きな声が響きます。「遠泳の成功を願ってえ。チクサクチクサクホイホイホイ・チクサクチクサクホイホイホイ。ビビーチャ、ビビーチャ、ビビーチャチャチャ。おう」
インディアンの出陣の掛け声だそうです。沖山先生は潮の流れや強さをぴたりとあてる天才でした。先生から「行こう」と合図がでました。水の中できちんと並びました。出発です。
海の底が深くなっていきます。色々な魚が心をほぐします。前を泳ぐ堀江先生が声を出しました。「元気で行こう、エンヤコーラ」「エンヤコーラ」と返します。いい声が出ない子は海水を飲んだのです。お互いの声で安心し、いい泳ぎになりました。沖山先生が言った通り、潮の流れがゆったりとみんなを運んでくれました。
始めて見る海底の景色に目を見張りながら、ふわふわただよっていきましたやがて,底土の海岸がみえてきます。「エンヤコーラ」の掛け声がとどいて、海水浴をしている大勢の人まちかまえています。
「すごいね。よくやったね」と拍手のうずです。熱い汁粉が体にしみこみました。やっと泳いだ子が作文にかきました。「あの広い海がわたしのものになりました。」

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チクサクコールが出てきた。

堀江さんが大きな声で「チクサクチクサクホイホイホイ」。

僕は大学時代に陸上部に所属していたが,この陸上部でも飲み会があると必ずチクサクコールをやる。

体育同志会の文化交流の夕べでも最後にチクサクコールをやる。

これがスキーで雪山に行けば,シーハイルになる。

 

さて,先日も登場した島根・浜田の友人も陸上部だった。

彼は1年生の時に走り高跳びで度肝を抜く記録を出した。

その彼に話したのだが,僕は大学に入るまでこのチクサクコールなるものを知らなかった。

意味もわからない。

一度,先輩に訊いてみたことがあるが,その先輩も他の先輩も知らなかった。

いわゆる「伝統」というやつだ。

当然,僕も知らない。

 

一度,体育同志会の先輩(年配の方)が,これを調べようとしたという話を聞いたことがある。

菊池先生によれば,「インディアンの出陣のかけ声」だそうだ。

ラグビーのハカだとか,エイエイオーとかも同じだろうが,意味はわからない方がありがたいのかもしれない。

 

で,僕は名古屋市の出身なのだが,そして僕は菊里高校出身である。

名古屋の人でピンと来た人もいるかもしれない。

僕の出身高校は名古屋市千種区にある。

千種区は,チクサクである。

だから,チクサクコールというのは,千種区と関係があるのかなと思ったりした。

もしかしたら,僕の出身の緑区にちなんだ,ミドリクコールもあるのかな,なんて。

その話を彼にしたら,大うけにうけていた。

 

「えんやこーら」も出てきた。

実は,僕らの遠泳の時も「え~んやこ~ら」とやっていた。

僕の大学時代の水泳の先生は,大学の先輩にもあたるため,その先生が遠泳をやったときのスタイルを踏襲しているのだと思う。

「えんやこら」といえば,「ヨイトマケの唄」の「ヨイトマケ」とか,ボルガの舟歌の「えいこーら」なんかもおんなじような感じがする。

ただ,どこかで「栄夜こうらい」という,なんだかありがたい言葉がなまってできたと言うことも聞いたことがある。

本当かどうかわからない。

ネットで調べても載っていない。

 

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題 遠泳その3ー泳がないと言った子も終わればにこっとする

他の遠泳の話です。その年は風向きが悪くて、いつもの海岸が使えません。それで,風陰の海岸で泳ぐことになりました。
沖山先生の潮の見立てはこうでした。今、左に流れている潮はやがて右向きになる。その間に2時間くらい潮の流れがとまるからその間に泳ごう。
準備体操をしてチクサクと元気づけ、さあ出発というとき、いくらでも泳げるはずの充君が泳がないと言い出しました。
一年生の時からみんなを動かしてきた充君が「ぼくは泳がない」をくりかえします。みんなにはじめて見せる姿です。「泳がせないとあの子ばかにされるよ。」
「ここに残すと,後で悲しむと思うよ。」「一人先生をつけて無理させよう。」充君を岩からはがし、ほうりこみました。
すぐエンヤコーラと出発しました。泳ぎ始めればみんな同じで,五百メートルほどで充君の泳ぎもやわらかくなりました。ゴール近くで潮の流れが変わりはじめました。
危ないので近くの岩場に上げました。一人ずつ岩の間から引き上げました。充君も手を伸ばしました。上がりながらニコッとしました。日なたにひざをだいてすわり、だまって海を見ていました。
遠泳の後、充君は優しくなりました。「遠泳っていいよね。」と先生の誰かが言いました。

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やっぱり,みんなで成し遂げるという経験はいいんだろうね。

子どもたちの苦しい思いも,みんなが一緒にいるということで頑張れるし,それで一人だけではないという思いも持てるのだろうから。

 

教育もまた新自由主義化して,排他的な競争が教師にも子どもにもベットリと染みついているからこそ,自分一人でないという「いま,ここ」の経験が大切になるような気がします。

菊池先生のお話はもう少しありますので,またの機会に書きます。

 

 

 

 

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