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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

『たのしい体育・スポーツ』 11月号が届きました。

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は文化の日,でも会議があるので出勤です。

さて,11月2日に『たのしい体育・スポーツ』11月号が届きました。

最初の月曜日にきっちり届きました。

今日はこの号をざっと読んで,一番面白かった原稿を紹介します。

では,どうぞ。

 

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月曜日には,僕宛のいくつかの郵便物があった。

『たのスポ』は見ればすぐわかるが,そのほかに『和歌山支部ニュース』と小林篤先生からのお手紙もあった。

小林先生は,僕の父より3つ年上なので,80に垂んとするお年だ。

でも,執筆活動も行い,手紙の返事も早く,フットワークの軽い方だ。

手紙には,斉藤喜博さんの本のことも書かれていたが,最後に「ぎっくり腰」について用心するように書かれていた。

どちらが歳だ?と思ってしまうが,ありがたい。

 

小林先生

ありがとうございました。

 

『和歌山支部ニュース』には,11月8日の支部例会の案内が載っていた。

僕はこの例会に参加するつもりだ。

浜の宮小学校であるのが,僕は和大のときは海南宿舎から,国道を通って浜の宮のそばを通って大学に行っていた。

車5分ちょっとぐらいだが,なんとそこで泳げるのだ。

マリーナシティ,和歌浦が見える市内の海水浴場。

何とも贅沢な話。

 

おおっと。

今日は,『たのスポ』の話だった。

今回は,東日本班(?)の担当であったが,兵庫色の強い作りだった。

大宮とも子さんの論考,殿垣さんの実践,そして若い藤江さんの「私たちの授業研究」という実践記録。

読んだ感じとしてはとてもよかったので,それぞれに取り上げてみたい。

 

しかし,今回,僕があえて注目したのは,堀江邦昭さんの編集後記なのだ。

堀江さんは現役で編集を担当しておられる。

そのこともすごいが,菊池淨先生の昔話末吉小学校にも登場する。

時空を超えて八面六臂の大活躍だ。

それで,この堀江さんの編集後記を読むと,堀江さんのメタメッセージというか,編集者であり実践者としての矜持がうかがえるというものだ。

そのまま転載したい(『たのスポ』をとっていない人のために)。

 

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6年生の子ども達に,卒業論文のようなものとして『足かけ後転(鉄棒運動)は,どのようにしたら回れるようになるのかを明らかにしよう』という課題を出したことがあった。

 子ども達は,グループで「できる子」と「できない子」のどこの何が違うのか調べ始めた。鉄棒の上での姿勢が悪いだとか,回転がうまくいかないとか,悪戦苦闘しながら実技と討論で追求していった。

 「できる子」を,徹底的に調べていたグループが,ついに「大きな回転運動を,ある時に急に鉄棒を引き,小さな回転運動に切り換えたときに体がすっと上がる」ということを見つけ出した。大きな回転を創り出すには,鉄棒を足に挟んでたったときに胸を張る姿勢が大事で,そのまま頭を後ろに放り出す。次の難問は,いつ鉄棒を引き寄せるのか,でした。段ボールを継ぎ合わせ,鉄棒と直角に立て,うまい子がいつ回転を変えるか記録していった。後転をしている子の体が,そのしるしのところに来ると『いま!』と,大声で知らせ,次々と友達をできるようにしていった。あちこちで喜びの声が上がり,論文は,図入れで説明されていた。(堀江)

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編集後記というと,普通,この号を企画して,原稿を集めて,出揃ってようやく出せる運びとなったという一連の流れの中で,苦労したこと,それがなんとか結晶化してうれしいという,舞台の裏側のようなことが書かれたりする。

それはまさに横森さんのに書かれている。

堀江さんは,そんなことは全く書かず,ご自身の実践記録を書いている。

 

この11月号は,「『できる』ことの価値を問い直す」という特集である。

体育同志会では「できる」ことに対しては,いろいろな意味でこだわってきた。

60年代に系統性研究のはしりが起こり,70年代に成果を出そうというときに,「うまくしてどうする」と言ったのは中村敏雄さんだった。

爾来,「できないでどうする」も含めて,「できる」ことに対するこだわりとためらいという屈折した感情があった。

この号にもそれぞれのこだわりが書かれている。

 

中村さんが「うまくしてどうする」といったのは,最初に書かれた文脈を見れば,「教師が子どもをうまくしてどうする」と読める。

その後,中村さんは「日本人がスポーツをする意味」というように,スポーツ研究者でありながら,うまくなることを地雷のように扱ってきた。

1973年に『体育の授業研究』だったかの連載が『体育科教育』であった。

そのときに,大阪の枚方の小学校の先生たちと中村さんとで,「体育の理科」という走り幅跳びの実験的実践が行われた。

出原泰明さんも,50m走で1学期間子どもと実験的な実践を繰り返した。

 

山内基広さんは,本人がうまくしてしまう部分も持ちつつも,グループ学習で子どもを鍛えていった。

山本まあさんも,同じようにグループ学習で,自治的,自律的な学習を目指した。

 

堀江さんのメタメッセージは,子どもたちをよき学び手に育てることと,できるようになることがセットにしてあって,正解を教師が握っている学びに対する警鐘のように受け止めることができる。

言葉が少ないからより説得力もある。

模擬授業をさせる僕の悩みは,こういう小さな実践記録を学生にぶつけることで解消できるかもしれない。

 

その意味も含めて,とてもインパクトのある実践記録でした。

 

 

 

 

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