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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

『たのしい体育・スポーツ』 10月号№295 丸山論考を読む

『たのスポ』を読む 体育・スポーツ 運動文化論

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,『たのスポ』2015年10月号の丸山真司論考を読んで,考えたことを書きます。

論考のタイトルは,「体育の『学習指導案』再考-ひと味違う指導案づくりに向けて-」です。

では,どうぞ。

 

まず「はじめに」で丸山さんは,1つの問いを発し,1つの警鐘を鳴らす。

問いとは,「指導案とはどういう意味があるのか?」である。

そして警鐘とは,ネットでお気軽に指導案をコピペすることができるが,それによって,「自前の授業づくりの醍醐味を放棄し,その結果教師教師としての専門力量アップの芽を摘んでいく危険性」があることに対してである。

 

指導案をなぜ書くのか,どういう意味があるのかわからなくて,でも書かなければならないならば,お手軽にコピペで済ませることになる。

それによって,力量アップの芽を摘むことになる。

コピペが力量をつけることにならないというのはわかるような気もするが,この理路はいかにして成り立つのか?

 

先日もある会に参加したときに思ったのだが,「教師が力量をつける」ということをどう考えたらいいのだろうか。

若い人にはここがわかりにくいかもしれない。

それは若い人だけではないかもしれない。

なにしろ,教育関係でも「ハウ・ツー」ものはよく売れるが,じっくり読まないといけないものは売れないというから。

教育関係の雑誌は多くが苦戦している。

 

しかし,ハウ・ツーを読んで実践すると力量形成ができるのか?

稲垣忠彦さんは,授業で大切なのは,事後のカンファランスだと述べた。

佐藤学さんもまた,授業後の協議会の重要性を説き,しかも,「評価と助言」ではなく,その授業からみんなが学ぶことの重要性を指摘している。

ハウ・ツーがいけないというよりは,実践後の振り返りがないことが問題なのだろう。

それは,じっくり読まなければ読めないものを読んでも,実践して振り返りがなければ同じ。

 

丸山さんは,指導案の役割として,3つを指摘する。

①授業の設計図

②観察,検討のツール

③授業後に検討する際の記録

 

①がまず重要だという。

授業が終わって振り返ってみたときに,この指導案のここをこう変えてみたらいいかもしれないと考えることのサイクルを経て,ひとまず個人での力量形成になるのだろう。

前にも書いたが,流れを書くだけならベテランも若手もかける。

しかし,一般的な話だが,ベテラン(熟練者)はかなり省略して「流れ」を書くが,若手は一生懸命書いても「流れ」しか書けないのかもしれない。

少ししかかけなくても,振り返ってみたら,こういうことも必要だとわかるから書き込んでみる。

でも,振り返る機会を持たなければ,書くこともないから,やはり書けないだろう。

 

僕はよく言うが,書いてみたらこれだけしか書けなかった=授業に対する見方がこれだけしかなかったということがわかるのだ。

だから,実践記録と同じなのだ。

ただ,実践記録は1時間の授業のこともだが,単元という長いストーリーを対象とすることが多い。

だから,丸山さんがいうように,単元構想が大切になる。

 

 確かに,ハウ・ツーからでも,子どもの学びをつくるかは構想できる。

でも,1時間の授業の指導案はつくれても,連続する数時間の単元構想は難しいだろう。

そのことは丸山さんも指摘しているとおりである。

 

予想する物語(願いや思いを含んだ)としての指導案と,実際にやってみて記述した物語である実践記録,どちらも実践後に書かれて書き直されるところに意味があるのだろうね。

 

丸山さんの話では,吉本均さんの「呼びかける指導案」を紹介する。

①教えるべき内容の明確化

②子どものつまずきを克服していく過程として授業を計画

③子どもの学びが動き出すような教授行為ー教育的タクト

これらを備えた指導案のことを「呼びかける指導案」という。

 

そして,体育同志会の指導案づくりの特徴を描き出す。

たとえばとしながら,

(1)子どもの実態

(2)実践者の願い

(3)授業の目標

(4)教材解釈・教材づくり

(5)授業の展開・指導過程

 

さらに,先述のように,単元と授業の関係を意識することが重要であるという。

「指導案の善し悪しの半分はこの単元構想にあります」(10頁)。

そして,授業の目標(単元と本時の目標)は,「3ともモデル」に即した目標像を描いてみることが必要になる。

「ともにうまくなる。ともに楽しみ競い合う。ともに意味を問い直す。」である。

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「ともに意味を問い直す」は,「今のところ」価値形成に関わる領域なので,達成目標ではなく,形成目標となる。

そのため,吉本均さんに学べば,授業中にどんな「矛盾と葛藤」を起こすのか,これもまた指導案に書かれる内容としている。

これは難しいけど,そこまで含めて構想するということなのだ。

ある程度の経験は必要になるが,さらにすすむと,思いも寄らないつまずきや衝突にも対処できるようになるのだろう。

 

最後に,丸山さんは,「大切なのは実践後に指導案と現実の実践のズレは何だったのか,その原因は何か,計画の問題か指導の問題か,どうすれば問題を克服することができるかを集団検討のなかで明らかにしていくこと」が大切だと述べる。

 

なかなか読み応えのある内容だった。

最初は,良質な指導案に学んで真似をしてみる,言葉を換えると,他人の体を借りて動いてみることで,動きにくさを実感しつつ,慣れていくというのが大切なような気がする。

人は他人の欲望を欲望するだったかに倣えば,実践の願いは自分の願いであるけど,先行する他者の願いでもあり,それを実現するためには,一人這い回るよりも,他者の用いた方法を真似ることが捷径なのだろう。

 

 

 

 

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