体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

大津紀子さんの実践記録(健康教育)が届きました。

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,どこまで書けるかわからないのですが,大阪の大津紀子さんの実践を取り上げたいと思います。

大津さんはご病気のために,今は現職ではありません。

現職最後に行った実践記録をみのお大会で報告することになっています。

 

なお、今日は横浜国立大学に学会で来ています。

これは学生運動の頃に置かれていたもので,今は展示してありました。

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先日,大津さんから実践記録が送られてきました。

大津さんから実践記録を送ってもらうのには,いろいろな理由がありました。

今日はそのことが中心になるかもしれません。

では,どうぞ。

 

大津さんといえば,『体育科教育』誌の50周年記念号だったかに,「ツッパリくんが変わった」という環境ホルモンの授業が載っている。

懸賞論文だったと思うが,今となっては,細かいところまでは覚えていない。

 

さて,大津さんがご病気をされたということは,上野山さんから聞いて知ってはいた。

そのことで,上野山さん自身も自らのことのように心を痛めておられた。

先日,6月10日のブログ「『たのしい体育・スポーツ』 6月号(№292)が届きました。 でも上野山さんの実践を読みます。」を書いたときに,上野山さんに確かめたいことがあって,アップする前に,メールで連絡を入れた。

 

上野山さんは,学校の管理がきつくて,それが子どもの行動に逆に作用するように表れ,そのこともあわせて生きづらさを抱えることとなっていた。

しかし,実践をやって,原稿依頼をされたので記録を書いて,そのことによって「自分の積極的な面をみつけることができた」ということを書いていたのだ。

 

そこで,それを読んで書いたブログの記事を,上野山さんに送った。

「ここは『タラレバ』になるが,上野山さんは,実践をやっても,書いていなければ,生きづらさは解消しなかったのかもしれない。」(ブログの記事)

それに対して,「書いてしまった以上,今さら書いていなかったときのことを思うことは全く不可能な要求かもしれませんが,どうでしょう。」と質問した。

 

こういう質問は,答えようがないことはわかっていても,ついしてしまう。

出原さんにも同じような質問,しかも25年も前のことで質問をして,「やっかい」がられた。

質問は,そのことへの返事への期待もある(もちろん,後に構成された物語が語られることも承知のうえ)のだが,こんな内容を書きましたが,掲載してもいいですか?間違いはありませんか?という意味もある。

 

そうしたら,上野山さんから丁寧な返事があった。

その中には,この実践記録を書くようになった経緯等といっしょに,次のようなことが書かれていた。

「卒業後半年たってから、前年度の自分が一番しんどかった時期をふり返って飢餓問題の実践記録を書きました。書く前から『しんどいときこそ健康教育実践で子どもや親との関係作りをすることが意味がある』ということは気づいていたわけですが、この記録を書いてあらためてそのことを強く思いました。」

 

さらに,「そういう時って卒業させた子どもたちのことも早く忘れ去ってしまいたい心境になると思うのですが、編集後記に書いたようにこの実践記録を書いたことで、また子どもたちのことを思い出し、かわいくてしかたなくなったのです。

写真に出ている子たちは、みんな私を困らせたり、様々な問題を抱えていた子たちですが、どの子もすばらしいなと思ったのです。

書かなかったら、おそらくかわいいなと思う感情はそんなに出てこなかったかもしれません。」

 

「『実践記録を書かないと生きづらさは解消できなかっただろう』と思います」とも。

 

この子どもたちが成人式のときに,上野山さんを呼んでくれたという。

ここには,「学び」とは何かが示されている。

「棺を蓋いて事定まる」とは言い過ぎだが,この学びにどんな意味があったのかは,その時にわかるのではなく,しばらくたってわかるのだ。

これは実践記録を書くことも全く同じ。

だから,終わってしばらくしてからでも,実践記録にすることに意義はあると思う。

 

僕は,あのときのブログの記事にはこう書いた。

「実践記録は自分が前を向いて生きるために書くのだ。

自分がこれなら生きていけるという枠組みを自分で用意するのだ。

だから,成功したという積極面を強調した記録でよいのだ。

 

実践上の細かい問題は,みんなで議論すればよい。

やってはいけないのは,強調された積極面を否定することだ。」

 

ここでえらく強い口調で書いているのは,ナラティヴ・アプローチの影響がもちろんある。

しかし,あとで上野山さんとやりとりをしているときに気づいたのだが,ある研究集会でのことが,のどの奥に刺さった小骨のようにあったからだ。

このことについては触れないが,しかし,実践記録で人を攻撃したとかではなく,ただ自分が実践しながら見たことや感じたこと,判断したこと,そして,最後に落ち着くところへ落ち着いたこと,うまくないかもしれないけど,自分なりにやりきったことを書いたら,なんで人に批判されるのか,という思いを持ったのだ。

もちろん,批判がいけないというのではなく,正解がどこかにあってそれとは違うというような批判はよくないと思ったのだ。

 

戻ろう。

それで,僕の書いたブログの内容を,上野山さんは大津さんに送ったそうだ。

ここからどうなったのかは,本当は事実を丁寧に確認しないといけないのだが,上野山さんのメールの内容から紹介したい。

 

大津さんは,埼玉大会で実践報告をすることになっていたが,実践記録が書けなかったという。

6年生だったが,やはり学校の管理がきつかったため,上野山さんと同じように,子どもたちとの関係が結構厳しかったこともあったという。

細かいことは僕にはよくわからないのだが。

いずれにせよ,実践を記録にまとめられなかったほどのようだ。

 

その大津さんは,現役最後の原発の授業をまとめて,みのお大会で報告する。

その実践記録はまとめられている。

僕はさっき読んだ(だから,ブログを書こうと思ったのだ)。

素晴らしい内容に仕上がっている。

実践の事実の羅列ではなく,登場人物たちの交流,変化にきっちり焦点を当てて書いている

こういうのが実践記録なんだという書き方であり,内容が濃い。

 

もう一度言うが,大津さんは,原発の実践を記録にまとめたのだ。

しかし,そのときの実践記録は,あのときにどうしてもまとめられなかった。

 

「ところが」である。

先日,大津さんから14頁分の「そのときの」実践記録が届いたのだ。

 

以下,上野山さんのメールより。

「私の実践記録についての(石田の)コメント、うれしくて昨日大津さんに送りました。

すると大津さんは、とても元気になって『どこでもドアⅢ』(みのお大会に間に合わせて発行する予定の健康教育の実践集)の原稿を仕上げる気力が湧いてきたというのです。」

 

「その肝心のエイズの実践報告を自分からもう一度まとめてみたいと最近になって大津さんが言い始めました。

そこで石田さんのあの原稿を送ったタイミングがピッタリで、最近どっと落ち込んでいた大津さんをすごく励ますことになりました。」

 

そして,しばらくして,上野山さん経由で,大津さんの上野山さんにあてたメールが届いた。

大津さんが,メールを僕に転送してほしいといってきたそうだ。

そこにはいろいろ書かれてあったのだが,1つだけ紹介する。

 

「最近まとめなおしたエイズ実践から、勇気をもらいました。」

 

自分のやった実践をまとめなおすことで勇気がもらえたという。

素晴らしいことだと思う。

これぞナラティヴ・セラピーだ。

実践記録を書くことのもつ力かもしれない。

 

そして,その日の夜遅くに,大津さんから直接メールをいただき,そこには,添付ファイルで,みのお大会で報告する原発の実践と,「あのときの」エイズ実践の記録があった。

 

ブログでは饒舌な僕も,なかなか返事を書くことに逡巡した。

心のこもらないメールをしてしまったような気がする。

 

だから,その懺悔の意味も込めてここに記しておくのです。

やはり,実践記録の中味には入れませんでした。

というか,これはみのお大会で報告されるものです。

僕がここに書いてよいのやら。

 

これは続きを書かないといけないですね。

みのお大会の後になるかもしれませんが。

 

 

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