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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

実技の授業で変わったことをやりました。

授業でのこと 体育・スポーツ

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,僕の授業でやったことを紹介したいと思います。

体育実技ですが,学習指導要領にはないことをやりました。

では,どうぞ。

 

僕は,初等体育に関わる科目と,中等教職科目である(教)保健体育科教育概論という科目を担当している。

この授業は,保健体育の教員免許を目指す人の入り口の授業である。

15回の概要は,ざっくりと「学習指導要領の変遷と体育の役割の変化」「体力つくり体育の是非」「体罰暴力と体育教師」「カリキュラムづくりの考え方」「道徳と体育」「武道の必修化を受けて」「体育では何を競うのか(データの取り方)」「グループ学習の考え方」などの理論編と,実技(リレー,ダブルダッチ,音楽マット)の実技編である。

 

先週は,ダブルダッチの時間だったが,たまたま4回生の教育実習,3回生の介護等体験などが重なって少なくなることが予想された。

そこで,ダブルダッチをやるけど,その前に二つのことをやろうと思った。

それが,ジャグリングと,カードで割り箸を割る「渾身の授業」である。

 

ジャグリングは,3つの球を洋風に回すカスケード(噴水)という技だ。

最も初歩的な技である。

これができるようになることを目指すのだが,それは結果の話であって,どうやってできるようにするのかを考える方が僕のねらいである。

 

まずは1つの球だけをもって,右手から左手に,左手から右手に投げるのだが,このとき同じような軌道を描けるとよい。

しかし,当然,利き手ではない手は難しい。

次が最初のつまずきになる。

2つの球をそれぞれの手に持って,右手で左手の方に投げて,その球を左手で受ける前に,左手の球をリリースする。

そして左手で受けて,右手も受ける。

これが難しいのだが,教師はこれがなぜ難しいのか,どうすればいいのかをあらかじめ知っておく必要がある。

 

これは,ボールが落ちてくるところに,ボールを持っている手を予測して,位置どって,投げたらボールが手に入ってくるようにすることが難しいのだ。

ボールをとりに行くのではなく,ボールが落ちてくるのを手に収めるのである。

とはいえ,これと合わせて,つまずきには二つのタイプがある。

 

一つは2つのお手玉のように,右手はやまなりに投げても,左手のボールは右手に置きにいくというタイプ。

もう一つは,左手もやまなりに投げられるのだが,投げるタイミングが早すぎて,先に投げたボールを手が探しに行ってしまうというタイプ。

 

でも,この二つのボールをもって,左から右,そして,右からも左からもいけたら,次は右手に二個,左手に一個ボールを持って,同じことをやる。

左右1回ずつボールを投げて取る。

それが何となくできてきたら,右手に二個持った状態から投げて,左手も投げてとり,もう一度右手のボールを投げて左手で取ることをやる。

右左右と3回ボールを投げて取る。

反対側もやる。

それができれば,あとは4回,5回と繰り返しやる。

理屈はそれだけ。

 

いきなりボールを渡してやらせてみてもまずできない。

教えるということは,子どものつまずきと,それを乗り越える方法を教師が持っておかなければならないのだ。

僕にとっては,そのことを教えるのにちょうどいい。

これはダブルダッチを教えるときも全く同じ。

 

さらに,渾身の授業である。

これは,斎藤孝さんの身体論のような本で読んで,15年以上前にやったことがあったが,久しぶりにやろうと思ったのだ。

これは,『たのしい体育・スポーツ』6月号が「いのち・からだ」の特集をしていたことにもよる。

 

体育・スポーツでは,まだ「気合い」や「頑張る」ことが大切だという人はいる。

あるいは「気持ち」ね。

そうではなくて,必要なのは集中力なのだ。

手順ややり方がわかった上で,集中して,からだと相談しながらやる。

 

やり方は簡単。

ペアの人に,ほどよい高さに両手で割り箸を持ってもらい,それをクレジットカードのような堅さのあるカードでたたき切る。

それだけ。

 

僕は,そのために割り箸をあつめておいたが,僕が食べてとっておいた割り箸は,学生から嫌がられた。

15年も前にやって,その後,やらなくなったのは,学生から「割り箸がもったいない」といわれたからだ。

でも,今はキャンプをやっているので,その火付け練習用にちょうどよいので,もったいなくはない。

 

これはやってみればわかるのだが,割り箸を斬るのではなく,斬り落とすというイメージだ。

集中して,ぐっと腹に力を込めるようにして立ち,右手右足前にして構え,カードでまっすぐ斬り落とす。

このときに,カードは親指と人差し指で挟むように持つ。

人差し指をカードの上の部分にあてて割ろうとすると,割り箸ではなく,カードが割れる。

ちなみに,カードは僕の古いクレジットカードや,同じような堅さのカードをかき集めてやった。

 

学生も最初は,手前に引くようにして斬ろうとするので,切れずに割り箸の手前側をこするような形になる。

それでも集中して斬らせると,斬れるようになる。

そして,面白いのが,スパッと斬れれば,箸を持っている側は何も感じないが,斜めに裂けるように斬れる(折れる)と,持っている手がしびれるのだ。

よく,切れ味が悪いと切られた方は痛くて,切れ味がよいと痛くないというが,同じことのようだ。

写真は,うまく切り落とせた割り箸とクレジットカード。

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斎藤孝さんの本には,渾身のイメージは,身体が水でできたようなイメージだということがかかれていて,マットに寝転がって,身体を揺すったりすることも書かれていたが,そっちはやらない。

 

からだに向かい合い,構えと集中力について問う授業だった。

やったからなにかが変わったかどうかはわからない。

でも,学生は割り箸が斬れるとは思っていなかったようで,実際に斬れたときには結構,喜んだりしていた。

 

もう一つやりたいのが,けん玉だ。

これにはいろいろな話があるのでまた別の機会に。

 

授業は,この後,ダブルダッチの指導の手順をやって,実際に跳びました。

これもジャグリングと同じで,「何がわからないといけないのか」を教師が知る必要があるのです。

 

 

 

 

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