体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

週末は四役会議で東京でした

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は週末に行われた四役会議の様子です。

話し合ったことを,そのままここに載せるわけにはいかないのですが,書ける範囲で書いてみたいと思います。

では,どうぞ。

 

体育同志会では,基本は隔月で全国常任委員会が開催され,開催されない月には四役会議が開催される。

体育同志会の全国組織は,常任委員長,事務局,研究局,編集局,出版経営局がある。

常任委員会は,これに無任所の方二人がメンバーであり,20名程度。

四役は,上に書いた委員長と各局の局長と次長が対象となる。

 

だから基本的に,僕は毎月東京に行っているのだ。

しかも,四役会議のある月には各局の会議も開催する。

そのときの研究局は京都で会議を行うことを基本とするが,2月はいつも集まれない。

集まらないといけないと思うのだが,自分自身が週末がつぶれている。

 

ちなみに,来月は1日が娘の習い事,その次の土日は科研の研究会,その次はあいていて,その次の土日は常任委員会,その次の金土が学会の編集委員会と,スポーツ科学研究所の会議とシンポジウムがある。

日曜日は,愛知で中村敏雄さんのシンポジウムもある。

 

今月は,来週は大津で関近ブロック集会がある。

先週は,マラソンだったが・・・・。

そのため,今回の会議には,研究局で話し合ったことを持って行くことができなかった。

 

内容は最初は事務局の報告。

1月25日に行われた60周年記念関東集会は,全体の参加者数が87名で行われた。

内訳は東京が47名で,そのうちEGG(エッグでもなく,イイジジイでもない,OB組織)が20名だった。

関東集会ということもあったが,山梨支部から9名が参加。

話もよかったし,その後もよかった(まだ内緒)。

大阪からも5名の参加。

京都は1名(僕)。

 

あと話は,『たのしい体育・スポーツ』の今後について話し合われた。

今後,退職者が増えて,その分を維持しようと思えば,それに見合うだけの数の新規購読者を確保しないといけないということだ。

それができなくなると,発行形態やページ数などを変える必要が出てくるのだ。

1982年からの悲願の雑誌,そして月刊化,今は年に10回の発行だ。

それをいかにしてキープするのかの話し合い。

 

ちなみに,新規購読者には,奈良で先生をしている僕の教え子の名前もあった。

ブログの効果といえるかも。

でも,こういうときに,一緒に読むとか,活用の仕方を一緒に話すとかが必要なのだろう。

これは,是非考えたい。

ありがとう太郎くん。

 

最後に,人事構想について,委員長から頭出しが。

人事!(ジジイではない)

 

夕方4時に終わって,少し話をしていて,新幹線の切符を取って新宿事務所を後にする。

中央線で東京に向かう電車の中で,放送があり,「・・・なお,東海道新幹線は,新横浜-小田原間で起こった火災の影響により,運転を見合わせています」とのこと。

「えっ!」と思ったが,とりあえず東京駅に行くしかない。

 

そうして,駅に着くとそれなりに多くの人が改札にいたが,すごいパニックというわけではない。

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それが5時5分ぐらいの話。

運転見合わせになったのが,4時過ぎだったようで,おそらくみんなの不安は,大体いつぐらいに復旧するのかということだろう。

それがわからないとどうしていいかもわからない。

と思って,5分ぐらいしたところで,「復旧作業が終わりました」と放送が。

 

僕は5時20分東京発の電車の指定を予約していたが,電車は順次出発なので,まともにその電車に乗ろうとすれば,これから1時間以上はまたないといけなくなる。

そのため,とりあえず同じホームにいた前の電車に乗った。

ポイントがたまっていたので,切符をキャンセルして,グリーン車に切り替えてもらってもいいなと思っていた。

 

そう思って,車掌のところへ行ったが,それはできないといわれた。

ただ,この電車の空いている指定に切り替えることはできるといわれたので,そうしてもらった。

そのときに,教え子に会った。

彼女は,今の職場の学部改組の1期生(2007年入学)になる。

今はスポーツ関連の職場で働いているようだ。

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珍しいこともある。

彼女も全く同じ状況だったようだ。

しかし,彼女はグリーン車に乗っていった。

僕は,普通車だ。

 

電車は,途中で信号待ちで停止したりしたが,なんとか8時すぎには京都駅に着いた。

そこから,近鉄電車に乗り換えて,無事家に帰ることができた。

 

なお,僕は羽田から伊丹に帰ろうと思って,羽田に行ったら,電気系統がダウンして全く動かずに飛行機が飛ばないという自体にあったことがある。

さらに,昨年の今頃,仙台からの帰りに,大雪となって飛行機が飛ばなくなった。

そのため,急いで新幹線に乗るも,東京までがなかなか進まず。

結局,家に帰ったのが12時前に。

そして,その次の日はハーフマラソンだったりして,朝6時には起きて出かけていった。

 

いろいろなことがあるが,ハイジャックや事故には遭っていないので,よしとしましょう。

 

 

 

 

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