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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

毎日新聞の水曜日は面白いのです

新聞記事より

こんにちは。石田智巳です。

 

タイトルに書いたように,毎日新聞の水曜日は面白い中味が多いようです。

というよりも,ゆっくり新聞を読める日が少ない中で,水曜日だけはしっかり読むことができていることなのかもしれません。

つまり,面白い記事が多いのか,いつも面白いけど,水曜日はこちらの都合でその水脈をあてることができるのか。

どちらでしょう。

 

いってみればどうでもいいことですが,今日はこの水曜日の新聞記事から書いてみたいと思います。

では,どうぞ。

 

水曜日の記事が面白いと書くと,誤解を受けるのでまず一面から。

一面トップは,イスラム国における邦人の人質についてである。

はめ込み的な画像付き(夜にテレビで映像を見ました)で,日本政府がイスラム国対策に2億ドルを拠出することの報復的な措置として,2億ドルを支払わなければ日本の2人を殺害するという脅迫がなされた。

 

これについて,安倍さんは「人命確保に全力で取り組む。国際社会はテロに屈してはならない」と述べたようだが,これは「お金を払わないで,人命を救出する」といっているわけだ。

具体的にどうするのかは,簡単に述べるわけにはいかないのだろうが,どうするのだろう。

前にも,殺害された方がいたが,無事を祈るばかりだ。

 

かつて,人道支援イラク入りをした高遠さんという方たちに,ものすごいバッシングがあった。

自己責任論を持ち出して,小泉元首相も非難した。

あれはひどかったね。

 

で,僕が面白いと思ったのは,8-9頁。

ここはオピニオンの欄である。

水説という論説委員による話も面白いことが多いが,今日はオピニオン。

 

そのなかでも,小さなコラム「発信箱」がいいと思った。

これは,「安保論議の難しさ」として,来週招集される通常国会で,集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案が審議されることについて言及している。

昨年の7月1日に政府の解釈変更が示されたが,そのときには国会でも,何が重大な危機なのかがわかりにくいという議論があった。

 

それに対して,例えば,「ホルムズ海峡が封鎖されたとき」というのがあった。

それを新聞で読んで,「なんだ。集団的自衛権も結局金のためか」と思ったものである。

結局,それについては,引っ込めるような形になったのだが,今回,この問題について登場するのが,自衛艦隊司令官であった香田さんという方で,この方の話が面白かった。

 

要するに,国会などであまり細かくこういう事態ではどうするかこうするか,という話は,現場的には混乱を招くので,非常に困るということだそうだ。

「ふうん」と思った。

そして,香田さんが政治に期待するのは,「どうしたら戦争に巻き込まれないか,国益を守ることができるかといった大局的な議論」だそうだ。

そうなんだよな。

 

戦争に行くことを前提とした議論になってしまっているけど,国は戦争に巻き込まれないことを考える必要があって,それが国益(このばあい,国民の利益)になるんだよなと確かに思う。

戦後70年で一度も戦争に巻き込まれなかったのは,平和憲法があったからで,だとすれば,それの解釈を変えるということそのことが,戦争に巻き込まれるリスクになると思うんだけど。

 

これって,内田樹さんが武道論でよくいう「天下に敵なし」と同じだ。

「天下に敵なし」は,勝ちまくるのではなく,戦わないでいいように,身体の感度を上げるということだ。

戦わずして,国益(これも国民の利益)をもたらすことを考えることが,政治の役割なのだろう。

そのために,政治的にどんな感度を上げたらいいのかを考えてほしいと思う。

その際に,国益を守ること=アメリカの利益を守ると考えないことだ。

イスラム国の例もそうだと思うけど。

日本はアメリカに追従しているから,人質にとられるのではないか?

 

ややっ,中畑流万能川柳を見たら,一番にきている川柳がこれ。

「不戦勝一番好きな言葉です」

まさにその通りだ。

 

9頁には,「一流の道」というアンダース・エリクソンという方のインタビューが載っている。

この人は,一流のアスリートや音楽家などの熟達過程の研究をしている人だ。

内容にまで突っ込めないが,一流は1人でも努力をするし,必ずすぐれた指導者の助言があるという。

特に,1人では「ふり返り」が大切になるという。

これを読んで,教師の熟達研究においても,同じことがいえると思ったのだ。

まだ読んではいないけど,先日,そんな本を買った。

 

それから,「くらしの明日」は山田昌弘さんが,「おとなしくなった若者」について書いている。

僕はこの人のこのコラムをいつも面白く読みはじめるんだけど,読後感が悪い。

今日もそうだった。

 

1983年の20代と50代と,2013年の20代と50代の国民性調査の違いについて述べている。

「自分の可能性を試すために,できるだけ多くの経験をしたい」という質問の回答が,1983年の20代は80%,50代で52%と差があった。

それが,2013年には20代は68%,50代は63%と差がないことを指摘している。

 

希望格差社会を書いた山田さんなのに,なぜか今の若者を問題にする。

1983年の20代は,2013年の50代である。

単純にいえば,1930年代生まれ,1960年代生まれ,1990年代生まれの世代間格差は何によるのかということだけど,これは若者の問題ではなくて,社会や若者を取り巻く環境の側の問題だよなあと思う。

 

いろいろゴチャゴチャ書きました。

すっきりといきたいものです。

 

 

 

 

 

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