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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

反転授業と塾の話2

授業でのこと

こんにちは。石田智巳です。

 

昨日は,塾の広告を見ていて,面白いなと思ったことを書きました。

本当は,月曜日の授業で学生が反転授業のことを紹介してくれた後に,たまたま塾で反転授業をやっていることが書かれていたので,そのことを記事にしようと思っていました。

しかし,結局,その話は昨日は書けずに,今日になってしまいました。

では,どうぞ。

 

日本でも,ICT機器を利用した教育が進んでいるようだ。

大学でもiPadを全員に配布しているところもあるという。

ベネッセの教材もタブレットに入っていて,終わったらネット回線で送るようになっている。

うちの子どもは,朝タブレットの目覚ましをセットしているが,いつも僕の耳元で鳴る。

だから,子どもが起きずに,親が起きる。

 

学生の報告は,「ICT機器を使用する教育についての是非」である。

彼らは,次世代の教育ということで,元々は諸外国の教育を検討しようとしていた。

しかし,やることが多くて,的が絞れないこともあり,結局,「アメリカで生まれ,日本でも一部地域で導入されているICT機器を利用した授業」について考えることにしたようだ。

テーマがまったく変わったように見えるが,一応絞り込まれたわけで,変わったわけではない。

 

そこに,「反転授業」なるものが出てきた。

最近,反転授業という名をよく聞くが,僕はよく知らなかった。

側転の授業ならよくやるが。

 

反転授業とは,アメリカで始まった授業だという。

従来型の授業は,①教室で講義を行い,知識を伝達。②それを家で復習し定着させる,という順番である。

反転授業とは,①家で動画による講義を受け,知識を習得,②教室では学んだことを元に議論,発展的な課題に取り組むことになるという。

講義を受けることが宿題となっており,順序が逆になっているから反転授業だという。

 

これは,コロラド州の高校で,生徒がスポーツ活動などで抜けてしまうことがあり,そのためにデジタルコンテンツを利用可能にしたところから始まったようだ。

いろいろな成果が報告されている。

 

で,日本でも取り組みが始まっているということだ。

宮城県の小学校では,いち早く2012年に取り組まれた。

昨年11月には佐賀県武雄市で試行的に行い,今年4月には小学生全員にタブレットを配布。

来年には中学生にタブレットを配布する予定だそうだ。

ということで,日本ではまだ始まったばかり。

だから,成果と課題もこれからのようだ。

 

授業のコンテンツを動画で再生するときに,ICT機器としてタブレットを利用するということになる。

日本でも,最近はICT機器のハードとソフトが様々に教育現場に持ち込まれているようだ。

もっとも,以前より体育授業では,やっている途中で,資料を活用したり,自分たちの動きを映像にとって見たりしていた。

関係のある私立の小学校でも,電子黒板を使った授業をやっていた。

それがいろいろ進化してきているということなのだろう。

ユビキタス化しているということだ。

 

国が出している「教育の情報化ビジョン」を見ると,目指すのは,①情報教育,②教科指導における情報通信技術の活用,③校務の情報化の3つがあるようだ。

③の校務の情報化は,これは便利だと思う。

大学でも,学生による授業評価をスマホでやる試みもある。

この大学へ来て驚いたのは,QRコードを使った出席の管理をやってくれるということだ。

400人規模の授業があったりするので,自分で管理することは難しいからだ。

今では,manaba+Rというページで,いろんな連絡や教材の配布などができる。

クラウドは僕も利用しているし,Evernoteも導入している。

かつては,googleのすごさが際立っていたが,web3.0の時代になって,より便利になった。

 

こういうときに,気になるのは,特に研究指定を受けた学校に見られる(と思う)のだが,導入したそのことが何故か成功事例となることである。

研究指定を受けて,失敗したという例を聞いたことがない。

かなり,自己査定が甘いのだ。

問題は,成功したにもかかわらず,指定が別の課題に変わると方法も変えてしまうところにある。

前の成功はお蔵入り。

で,この問題は,ICTを使うことと,反転授業をすることを分けて考えるべきということなのだ。

デジタルコンテンツを作って,それを宿題にしたからうまくいくわけではないし。

 

以前,苅谷剛彦さんの本を読んでいたときに,大学院の授業の準備について書かれていた。

それは毎週500ページを読んでいかないと,授業について行けなかったという。

hp(ヒューレット&パッカート)のCEOだったカーリー・フィオリーナは1500ページ読んでいったとも書かれていた。

 

だから,少なくとも,アメリカの大学院の授業では,昔から反転授業は行われていたということだ。

名前があったかなかったかは別にして。

ただ単に,ICT機器を使うか使わないかの違いだろう。

web1.0とweb3.0時代の違いと言ってもいい。

 

でここでようやく本題に入る(すぐおわる)のだが,昨日紹介したA塾では,反転授業を取り入れているという。

ちなみにB塾では,追求型の授業を行って効果を上げているという。

 

だから,反転授業をやっている生徒は,家でICT機器を使って塾の作成したコンテンツを予習する。

そして,塾の教室では,発展的な学習を行う。

なるほど,塾でも予習があるのか。

そうこうしているうちに,学校で反転授業が始まったらどうするのだろう。

家では,学校と塾の両方を予習をすることになる。

そして,学校と塾で授業を受ける。

よかれと思ってやっているけど,なるほど夜10時まで塾か。

大変だ。

 

というか,昨日も書いたが,何のための塾なのか,何のための学校なのかがわかりにくくなっている。

大阪の教育じゃないけど,学校は,学力テストで1点2点を上げることに腐心している。

新自由主義的な競争と選抜だ。

塾も同じ方向を向いている。

というか,学校が塾と同じ方向を向いている。

そして,私立中高の教諭が,B塾の追求型の授業を評価しているという。

だったら,学校は要らないんじゃないの?

 

体育授業がわかりやすい例なんだけど,学校は多様な子どもたちが一堂に会して学ぶところに意義があるのだ。

選抜された子どもたちの学びは,塾も難関私立もある意味同じ。

だから,本来,多様な子どもがいるなかで,どう学びに開いていくのかが主題化されないといけないのに,そうなっていない。

学校の授業記録には,そういう例がたくさんあるのに。

そこは,参照項とはならない。

 

最初に戻して,僕はこの班の発表を聞いて思ったのは,身体を使った学びというのが薄れるということだ。

手が覚えるだとか,実感を伴ってわかるとか。

まさか,体育で反転授業はないよね。

 

今日は書きすぎたので,これについてはまたの機会に。

 

 

 

 

 

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