体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

教職ゼミでの話2014後期-日本の教育はそんなに悪いのか

こんにちは。石田智巳です。

 

月曜日は2回連続で台風のため休講になりました。

そのため,ひとまず補講を一回入れて授業をしました。

そのときの話です。

では,どうぞ。

 

月曜日の2限は通年で教職のゼミ(学校教育演習という授業)を持っている。

この授業は,基本は3回生(院生や4回生もいる)が受講する科目であって,この授業を受けないと次年度教育実習にいけない。

そして,授業と云っても演習形式で行われる。

僕の場合,前期に教育に関わる様々なテーマで討論をしたり,調べてきたことを照合して班で意見を作ったりした。

後期のメインは,教育に関わって興味のあるトピックごとに班を作って,自分たちで調べて発表することである。

 

第3週目から中間発表であったが,第2週,第3週と台風で流れて,今回が最初の発表である。

こういう発表は,年度によってできが違うが,最近はそういうものだと思っている。

あまり期待をしすぎないと云うこと。

 

さて,今回は2グループが発表したが,そのうちの1つのグループの発表から考えたことである。

タイトルは,もちろん仮のタイトルであるが,「各国の教育システムに習う次世代日本教育システム」である。

 

研究の背景として,日本の子どもたちは,学力低下,ゆとりからの脱却,経済格差からの学力格差問題など,現代教育システムの「不安定さ」に振り回されていることが1つ。

もう一つは,北欧,中国(上海,香港など)の子どもたちの学力の高さ,情報システムを利用した先進的な教育方法など,「新しい」「充実した」システムを採用しているという。

この後者の主語と述語がよくわからなかったが,いずれにしても,現代日本の教育システムは不安定であり,新たなシステム構築が必要だという。

 

そして,研究の目的であるが,日本の教育制度の特徴を把握して,それを諸外国の教育制度との比較を行う。

そのうえで,日本が今後維持するのが望ましい,あるいは他国を見倣い改善すべき制度内容を洗練し,新たな制度を提案することが目的である。

 

彼らは諸事情でなかなか集まって進めることができなかったという。

それはわからなくもない。

3回生後期は,ゼミでの発表や教科教育法の模擬授業など,課題がたくさん出される時期だから。

だからここで報告して,クラスのみんなから意見をもらって,方向性を見いだせればそれでいいかなと思うのだ。

とにかく,進むべき方向性がわからないのがつらい。

ただ,やや気になるのが,先行研究が示されていないことだ。

 

質疑応答の時間では,そのことも出た。

また,比較するにも,ありとあらゆる国を調べることはできないので,何を比較するのかの観点を決めた方がいいという意見が出た。

結構多くの学生が手を上げて質問,アドバイスを送っていた。

素晴らしいことだ。

 

で,僕の講評。

タイトルを見ると,「他の国に習う」というようなことが書かれている。

まず,日本の教育は悪いと思う人は手を上げるように,クラス全体に向かって云う。

手が上がらない。

では,よいと思う人は?と訊くと,半数ぐらいが手を上げた。

唐突すぎてわからないという人が半数ぐらいと云うことか。

 

そこで,日本の学力の国際比較の話をする。

日本の学力は,国際調査では高い水準を保っていたが,PISAの2003年度調査で低い水準に下がってしまった。

それ以前からも,「分数ができない大学生」という本が出されたり,学力低下論争は起こっていた。

そんなこともあって,ゆとりを掲げた学習指導要領は,2002年に始まったばかりだったが,学力向上フロンティアスクールなどで,「ゆとりから学力へ」と方向が転換された。

その後も,学力テスト(A型,B型)が行われたり,様々な学力向上の努力がなされ,今の学習指導要領になった。

今年のPISAの結果で,日本は上海やシンガポールなどに次いで3番目の高水準を保っている。

PISAの調査そのものに文句をつけることもできるが,政策が決まると日本の教師は結果を出すのだ。

という話をする。

 

そのうえで,日本の教育システムが悪いというのならば,何が悪いのかを訊く。

当然,教師1人ごとの子どもの数,あるいは,1つの教室にいる子どもの数が多いこと。

教師が足りていないぐらいに現場は忙しいこと。

教育における国庫負担が少なく,家庭での持ち出しが多いこと。

そのため,格差が生まれていることなどだ。

 

ということは?

日本は,悪い教育条件なのかもしれないが,ものすごいアウトプットの高さを保っているという世界でも驚異的な国だという認識をした方がいいのではないか。

それは,ひとえに現場教師が奮闘しているからだ。

 

にもかかわらず,では,なぜ日本人の多くが,諸外国に学ぼうとなるのだろうか。

 

1つは,今ではアメリカに,かつてはドイツに学ぶ人が多く,戦後復興のころの諸外国に学ぶということが,今でも研究者のステータスのようになっていることがある。

これは研究者の問題である。

 

さらに,やはり,「辺境人の思考」(内田樹)をしているということか。

奈良時代より前から,中国に文物を学び,制度を取り入れ,華夷秩序に上手く入り込んできた。

戦後は,アメリカの傘の下で上手く立ち回る。

しかし,いずれも主人をいつも見ながら自分の立ち位置を決める,ある意味でしたたかな思考を持つということか。

主人は常に外にいる。

 

さらには,資本主義が生み出す欲望に,日本人は特に負けやすいということか。

これは,洗剤なんかのCMで,「今度の製品は,1.3倍の落ち具合です。*当社製品比」というようなのが流れると,新しいものに飛びつくわけだ。

だから,あちらの教育がよいとなれば,社会の違いや条件の違いはさておいても,ほしいと思ったりするわけだ。

 

だから,学生たちには,むしろなぜ日本人はこれだけの高いアウトプットを上げていて,諸外国がうらやむにもかかわらず(本当か?),いつも「教育改革の幻想」(苅谷剛彦)にとりつかれているのかを分析して,提言をした方がいいのではないかと告げる。

 

一番いいのは,結果の検証もせずに新たな改革をはやめようとか。

せめてこれだけのアウトプットを上げている教員をリスペクトするように,マスコミに宣伝してもらうとか。

もっと教師も(子どもも)安心して働ける(学べる)場にすべく,国会に働きかけるとか。

 

全部無理だろうなあ。

国研(国立教育政策研究所)は,現場を見ずに政策レベルで突っ走るし。

マスコミは,売れるためには「叩く」記事を書くし。

国は国民に公務員バッシングをさせることで,本当の敵から目を逸らそうとしているし。

 

だったらどうすればいいのだろう。

彼らの研究上の問題だけではないのだ。

でも,今は彼らの今後の研究に期待。

 

 

 

 

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