体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

系統指導とグループ学習の統一5 中村敏雄のバレー実践より

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,系統指導とグループ学習の統一の5回目です。

内容としては,『たのしい体育・スポーツ』2014年1.2月合併号に書いた「中村敏雄の4回制バレーボールの実践」(66-69頁)を取り上げます。

そして,この実践から学んだ僕の授業について報告します。

特に,個人のうまさとチームのうまさについて,また,データとルール作りについてです。

では,どうぞ。

 

この「たのスポ」1.2月合併号には二つの論文を執筆した。

一つが,この中村さんの「バレー実践」についてである。

もう一つは,「体育同志会における実践分析や実践研究の方法論を構築する」ことをねらいに書いたものである。

 

一冊に二つの論文を書くのは,時間的には結構大変だ。

しかし,前者はかつて報告したことがあり,また自分の授業で使っているものである。

また,後者の初出は,僕の「3とも研究局情報」に書いたものだから,割と苦しむことなく書けた。

 

問題は,「いったい何人の読者が,この分厚い合併号のなかの僕の二つの論文を読んだか」ということである。

 

後者については,また別の記事に書きたいと思うが,これもこの日記の目的と似ており,同志会の研究水準を確かめて,若い実践家を育てたいという思いから出てきたものである。

 

優れた実践は,なぜ優れているのか。

優れた実践記録は,なぜ優れているのか。

大阪支部や愛知支部,あるいは宮城支部からなぜ優れた実践や実践記録が出てくるのか。

 

これについては,いろいろ紆余曲折はあるが,今年の冬大会で何とか実現したいと思っている。

さて,話を前者に戻す。

 

「はじめに」に書いたように,この中村敏雄さんのバレーボール実践は,実践記録としてまとまって報告されたものではない。

いや,もしかしたらされているのかもしれないが,僕は目にしていない。

でも,様々な文献に出てくるので,それらから実践を読み取った。

 

1950年代当時の日本では,競技バレーでもポジション固定の9人制バレーが主流であった。

1957年に東京オリンピックの開催と,バレーボールが種目として採用されることが決まる。

そこから,まず競技バレーは6人制にシフトすることになる。

 

しかし,学校体育は9人制が主流。

なにしろ,僕が中学校1年生の1981年でも球技大会は9人制だった。

これは,あきらかに1回のゲームで裁ける人数が多いという理由だろう。

 

もちろん,今でも9人制バレーは行われている。

僕のゼミ生だったバレー部のキャプテンのケースケ君は,今は9人制バレーをやっている。

 

さて,その9人制バレーのポジション固定のルールが,子どもを泣かせてしまったのではないか,という問題提起が伊藤高弘さんからなされた(系統指導とグループ学習の統一4 「泣いたオモちゃん」の話から はてなブックマーク - 系統指導とグループ学習の統一4 「泣いたオモちゃん」の話から )。

1960年のことである。

そして,「6人制のローテーションという考え方がすぐれている」という研究報告も行われる。

 

「9人制バレーの競技者でもあった中村は,この頃に6人制を試みに指導してみようと思うようになる。

そのきっかけは,競技スポーツ界の流れに抗えないことと,体育同志会の議論のなかで,『ポジションをローテイトする6人制バレーボールの方が合理的な考え方を内蔵しており,教材としての価値という観点から考えてもより高い水準にあることを学び』(中村『体育実践の見かた考えかた』,大修館,1983,152頁)とったからであった」(石田,2014,66頁)。

 

ところが,6人制を生徒に提案したところ,生徒から激しい抵抗に遭う。

抵抗の理由が,「上手いものは上手いなりに,下手なものは下手なりに」という「分相応主義」だったため,中村さんもムキになる。

 

それで,どうするのかは,バレー部員が引き取ることになった。

そして,彼らが提案したのが,4回制のバレーだった。

4回にすれば,「拾ってつなぐ」「スパイクが出る」バレーらしくなる。

 

この提案のときの記録は残っていない。

実は,何年か前に,東京で現代スポーツ研究会という研究会が行われ,その時に,この中村さんの実践の持つ意味について報告したことがあった。

そのあとで,新潟の山崎健さんから,「僕が教育実習に行ったときには,4回制をやっていて実習生からは不評だった。でも,子どもたちは一生懸命やっていた」という話を場外で聞いたのを覚えていた。

 

4回制バレーについては,1972年に出された『バレーボールの指導』(叢書)には一つも出てこない。

しかし,山崎さんの話もあわせて,中村さんは,1960年代にはやっていたのだろうと思ったのだ。

そのため,この中村さんのバレーを「運動文化論にもとづく体育実践」と位置づけたのだ。

 

実践の概要を知るには,『教師のための体育教材論』(中村,1989,58-65頁あたり)を見るのがいい。

ただし,このとき,1989年には中村さんは,大学に転出していることを念頭に置いて読む必要がある。

 

高校一年生のオリエンテーションでは,中村さん自身が4回制で行いたいと,「『正式』ルールの修正案を子どもたちに示し,意見を求める」。

この提案に対する生徒の反応は,「嘲笑」もしくは「失笑」であり,あるいは経験者の中には「不快感をあらわす」ものがいる。

 

「3回触球制が正式だから」。

 

ここにも,バレーボールの上手な子ども,経験者,部員が,中村提案に抵抗する困った存在となるのである。

もちろん,中村さんはそれも織り込み済みであり,「困った存在」と捉えているわけではない(と思う)。

 

そして,試しのゲームをやって,次の時間に,「採集した記録の考察とルール決定と,その他の諸問題について教室で話し合うようにする」のである。

 

データの図を貼り付けようとしたらできなかった。

日韓戦との比較が載っているのだが,日韓戦では,サービスを打たれてからボールデッドになるまでに,ラリー数1が圧倒的に多い(約60%)。

ということは,「サーブを拾ってつないで(レシーブ・トス),スパイク」で終わる事が多いことを示している。

ラリー数0は,サービスエースかサーブ失敗である。

だとすれば,4回触球制のバレーは,日韓戦に近いカーブ(ラリー数1の割合が一番高い,約30%)を描いているのであり,3回触球制(ラリー数1の割合が約3%)よりもバレーボールらしいといえる。

 

こうして, 1年生段階では,次の目標が掲げられることになる。

(1)『4回制』ルールの試合で『ラリー数0回』の数値が全インプレー数の50%以下になること。

(2)『アタック率』の数値が0.5以上になること。

(3)『アタック成功』が全員に記録されること,の3つである。

(『教師のための体育教材論』,62頁)

 

中村さんは,ゲームの質の変化を,数値の変化でとらえる指標を作り,学習の目標を数値で示して見せたのである。

 

この実践の評価は,僕が「合併号」で行うとともに,森敏生さんが「4月号」でも行っている。

僕の今の問題意識でいえば,この実践の評価は次の通りである。

 

技能レベルの高い子どもたちは,しばしば教師によるルール変更への抵抗を表明する。

しかし,実際には,個々の技能の高さと,チーム(あるいは学級)のレベルの高さは一致しないのであり,そのことをみんなの前に示す必要がある。

*これもまた,出原泰明さんのいう「うまさの逆転現象」の一つといえるのだろう(出原『体育の学習集団論』1986年,38頁)。

このときに,データが有効に働く。

中村さんは,これらによって,共通の認識目標(バレーらしさ)を確認し,ルールを設定して,それに向けて技能レベルを上げるという方向性を示した。

 

中村さんの仕事もまた,球技の実践で起こる技能への信頼の問題を,認識の問題へとずらして見せたことに意義がある。

 

ということで,今回は,自分の実践を紹介することができなかった。

なので,これは明日に。

 

なお,「3月号」を含めた森論考は,60周年を迎える体育同志会にとっては,必読文献の一つである。

もちろん,この今も続く「時代を拓く実践をたどる」連載に収録されている実践群もまた必読文献であるが。

 

ぜひ,読んで欲しいし,勉強会に使ってほしいものだ。

 

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