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体育とスポーツの日記

                      石田智巳が体育・教育,そして運動文化論と運動文化実践(主にランニング)について書いています。

わかっちゃいるけどやめられね。

集団的自衛権はカネのためだった

こんにちは。石田智巳です。

 

今日は,本当は,『たのスポ』の実践を読む予定でいましたが,朝,新聞を読んでいて,時事ネタがあったので差し替えました。

 集団的自衛権の問題が毎日のように,新聞やテレビ,ネットなどのメディア,そして,SNSでもかまびすしいですね。

僕も7月1日という歴史に残る日に,このことについてfacebookに書いたことがあります。

今日は,集団的自衛権もカネのためだったという話をします。

「体育とスポーツの日記」にもかかわらず?とお叱りを受けそうなところですが,オリンピックの話も少し出てくるので,許してください。

では,どうぞ。

 

日本国憲法第9条では,戦争の放棄と戦力・交戦権の否認を定めている。

 

政府はこれまでは,憲法第9条について,「自衛のための必要最小限度の武力の行使は認められている」ものと解釈してきた。

自衛権については,「個別的自衛権は行使できるが,集団的自衛権憲法の容認する自衛権の限界を超える」としてきた(大辞泉)。

 

この集団的自衛権もOKとするというのが,今更ではあるが,安倍内閣の立場である。

この集団的自衛権については,去年の組合の勉強会で,法学部の先生にいろいろ教えてもらった。

要するに国連憲章第51条で加盟国に認めているということである。

だから,日本の場合,ダブルスタンダードのようになっているのだ。

 

さて,Facebookでもシェアをしたが,昨日7月15日の毎日新聞の夕刊に,なかにし礼さんが写真のような詩を書いたことが報道された。

これは,集団的自衛権の行使容認という一大事に,毎日新聞から依頼を受けてのことである。

f:id:tomomiishida:20140716125941j:plain

 

集団的自衛権の解釈変更によって,

「戦争ができる国へまっしぐらになる。」

「戦争になったら,大本営を安倍さんの家にしろ」ということもどこかに書かれていた。

 みんなは戦争を警戒する。

当然である。

自分の子どもを(自分も)戦争に送りださなければならないのか。

 

今朝,新聞を読んでいたら,毎日新聞の社説に次のようなことが書かれていた。

 

争点となっているのは,「(国民の権利が)根底から覆される明白な危険がある場合」とは何かである。

これを横畠内閣法制局長官は,他国への武力攻撃が発生し,「国民に,我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻・重大な被害が及ぶことが明らかな状況」になった場合とした。

 

これについては,毎日新聞がいうとおり,「それじゃあ,個別的自衛権でいいんじゃね?」と思う。

 

それに対して,安倍さんが語ったとされるのが次のこと。

「中東のホルムズ海峡が機雷で封鎖され,原油供給が滞って日本経済が死活的な影響を受けた場合でも,集団的自衛権を行使して機雷掃海ができる」。

 

なあんだ。

やっぱりそうか。

 

安倍さんにとっての集団的自衛権は,安倍さんの一番嫌う経済への打撃を防ぐため,逆に言えば,一番好きなカネのためだったのだ。

 戦争ができる国にすることは目的ではなく,経済のための手段だったのだ。

 

日本が,第二次世界大戦後に繁栄したのは,朝鮮戦争の特需があったから。

「戦争は儲かるぞ!」

しかも,今度はアメリカの傘の下だし。

命とカネを天秤にかけるまでもない。

 

とこれを書いているときに,むず痒いような既視感を覚えた。

内田樹小田嶋隆平川克美の『街場の五輪論』(朝日新聞出版,2014)を手に取る。

ちょっと,ページを手繰ってみる。

パラパラ。

 

あった。

「今度のオリンピックだって,もう九十九パーセントは金儲けのためのものでしょう。集金イベントとしてオリンピックをやる。そのためには総理大臣が平気で嘘をつく。被災地復興も原発事故も全部忘れる。『いいじゃないか堅いこと言うなよ,金がじゃんじゃん儲かるんだから』という話になると,日本人がみんな『そうだよね。お金が儲かるんだったら,まあいっか』となってる。総理大臣の嘘も咎めないし,被災地復興の手当が後回しになることも気にしない。そういう翼賛的な雰囲気が生まれている。ただ昔の翼賛体制は国威発揚だったけれど,いまは単なる経済第一主義だから。金さえ入るんなら,何でもありという考え方でしょう。」(44ページ)

 

首相の嘘とは,昨年9月のオリンピック招致に際して,「状況はコントロールされている。私たちは決して東京にダメージを与えない」といって福島を見捨てる発言をしたことである。

 

グローバル社会を目指すのもカネのため。

集団的自衛権もカネのため。

オリンピック招致もカネのため。

教育を重視するのもカネのため。

カネが稼げそうにない人には道徳を。

 

立憲主義を崩して,民主主義の看板を下ろしていく。

国民の幸福のためではなく,カネのため。

経世済民とはよく言ったものだ。

 

 

明日は,『たのスポ』です。

何か特別な動きがなければ。

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